「どこに行ってたんだお前……!!」


震える声でお父さんは怒鳴った。わたしの耳元で、小さな声でだって聞こえるのに大きな声で。

それはいつも、どんな遠くにいたって、聞こえるだけで体が緊張する声だ。


「こんな時間に出歩くなと言ったばかりだろうが!!」


でも、今はなんてことはない。

こんなに側に居るのに。

……違う。こんなに側に居るから。


そう、だって、こんなにも。


「……お父さん、泣いてるの?」

「……泣いてるわけないだろう! 馬鹿!」

「でもさっきから鼻すすってるよ」

「お父さん花粉症なんだよ!」


ぷっ、と噴き出したのはお母さんだった。

つられてわたしちょっとも笑うと、お父さんはもごもご言いながらゆっくりと腕を下ろした。

静かな道の上、むぎゅっとひとつになっていたかたまりが解けていく。


お父さんは涙目で、ちょっとバツの悪そうな顔。お母さんは必死で笑いを堪えた顔をしている。

そしてふたりとも、とても優しい表情になって、一緒に、わたしを見た。


「帰ろう、星」



片手ずつ伸ばされたふたつの手のひら。

小さい頃を思い出す。

出かけるときはいつだってこうして、わたしは大きなふたりに挟まれて歩いていた。


世界で一番しあわせなのは自分だって、疑いもしなかったあのとき。

大好きなふたりの間こそが自分だけにゆるされた特別な場所で、そこが世界の中心なんだと、心の底から信じていた。


そうじゃないと今は知った。

世界はもっと広くて、汚くて、不確かなものばかりで。自分はいつだって隅の方に紛れている。


それでも、そんな今になっても。


「うん、帰ろう」


変わらないのは、やっぱり。

このふたりの真ん中に立つのは、わたしだけの特別なんだということだ。