「……っ……」
唇を強く噛み締めた。
しょっぱい味と、苦い鉄の味がした。
遠くで電車の音が聞こえる。
線路を走る車輪の音。
ゆっくりと止まって、また、軋みながら、動き出す。
「……なら、セイちゃん」
体から離れた温もりが、代わりに手のひらを握り締める。
「俺と一緒に、誰も知らない場所へ行こうか」
顔を上げた。
涙が流れた後の晴れた視界に、ハナの表情が映っていた。
「きみが望むのなら連れて行ってあげる。全部捨てて、俺たちだけで、他の誰も、居ないところへ」
──何も、答えられなかったのは、ハナが本気で言ってくれているからだった。
わたしを慰めるために、いつものおどけた調子で言っているわけじゃない。
真っ直ぐに向けられた目。
きつく握られた手。
それから伝わる、ハナの思い。
子どもみたいな夢物語だ。
ふたりで、誰も知らない場所になんて行けるはずもない。
そんな場所はどこにもないし、わたしたちは決められた小さな世界でしか生きられない。
でも、もしも。わたしが今頷いたなら、ハナは必ず連れて行ってくれる。
ここじゃないどこかへ。誰も居ないところへ。
この手を取って、ふたりで。
行けるはずもないのに。そんなことはわかっているのに。
でもハナは、必ず。
だからこそ、わたしは──