どこか、遠いところへ行きたかった。


走って、走って、どこまでも、ここじゃないどこかへ。


もっと遠くまで行きたくて、小さなバイクを買った。


でも、それでも、ここを離れることはできなかった。


わたしはどこへも行けなかった。


汚れきったこの場所から、出られないまま、真っ暗闇に閉ざされた。


暗いのは嫌だ。


ひとりは嫌だ。


本当は、わたしは、誰よりも愛されたくて。


大好きな人たちと、もう一度。


あの景色が、見たくて。






胸に手を当てると、心臓の鼓動が直接手のひらに打ちつけてきた。

血液の押される音が、耳のすぐ横で聞こえている。


大きく息を吸って、吐いた。

それだけじゃ足りなくて、何度もそれを繰り返した。


頬を拭った。でも渇いていた。

熱のある咳を吐き出しながら、止まっていた足をゆっくりと進める。


石畳の広場から、短く生えそろった芝生へ。

夜の静かな冷えた空気に、くしゃりと芝を踏む音が、微かに響いて消えていく。



なんで、と、思った。


夜も更けた、真っ暗な外。

少ない星の下、照らすのは、少ない街灯だけの中。



「……ハナ?」



なんでここに、きみが居るの。