どこか、遠いところへ行きたかった。
走って、走って、どこまでも、ここじゃないどこかへ。
もっと遠くまで行きたくて、小さなバイクを買った。
でも、それでも、ここを離れることはできなかった。
わたしはどこへも行けなかった。
汚れきったこの場所から、出られないまま、真っ暗闇に閉ざされた。
暗いのは嫌だ。
ひとりは嫌だ。
本当は、わたしは、誰よりも愛されたくて。
大好きな人たちと、もう一度。
あの景色が、見たくて。
◇
胸に手を当てると、心臓の鼓動が直接手のひらに打ちつけてきた。
血液の押される音が、耳のすぐ横で聞こえている。
大きく息を吸って、吐いた。
それだけじゃ足りなくて、何度もそれを繰り返した。
頬を拭った。でも渇いていた。
熱のある咳を吐き出しながら、止まっていた足をゆっくりと進める。
石畳の広場から、短く生えそろった芝生へ。
夜の静かな冷えた空気に、くしゃりと芝を踏む音が、微かに響いて消えていく。
なんで、と、思った。
夜も更けた、真っ暗な外。
少ない星の下、照らすのは、少ない街灯だけの中。
「……ハナ?」
なんでここに、きみが居るの。