「さっきよりも綺麗だなあ、いいタイミングでさ、来られたみたいだね」
セイちゃんの日ごろの行いがいいからかな。
なんて、ハナは、わたしのことを知らないくせに知ったような口ぶりで言う。
電車の音が遠くで聞こえる。どこにでもある街並みの、今の瞬間に切り取られた、たった一瞬の風景。
いつもと同じ空と、いつもと同じ音、色、匂い。
知らずくちびるを噛んで、ぎゅっと手のひらを握りしめる。
「きっとなんてことない光景なんだろうね。でも」
高く舞った楓の葉っぱが、目の前をひらりと通っていった。
ハナがカメラを構える。
カシャリ、とひとつ乾いた音。
「綺麗だと思うから憶えておきたい。だから俺は写真を撮るんだ。綺麗だと思ったものを“憶えておく”ために。今この瞬間に見たものを、この先もずっとね」
少し、風が冷たくなってきた。
まだ夕暮れ時といえるけど、でもだんだんと、夜の近づく静かな空気。それをゆっくりと吸い込んで、吐き出しながら、ハナのカメラと同じものを見る。
──綺麗だと思ったもの。
だとしたらこの景色も、さっきの空も、全部全部。
ハナにはこの全部が、綺麗に見えたんだろうか。
なんにもない、空っぽで、でも汚れた、こんな世界。
忘れて消し去ってしまいたいものだらけの、こんな、なにも、美しくなんてない、この場所で。
「……綺麗なものなんて、どこにもないのに」
ハナが、こっちを向いたのが分かった。
でもわたしは振り向かないで、遠くの空を、見上げたまま。