何が、なんて、疑問に思ったりはしなかった。
訊かなくてもわかっていたから。
──俺のせい
ハナの記憶が、たった1日しかなくなってしまったこと。
「あのときの事故ね、信号無視した車があいつにぶつかったのが原因なんだけど。そもそも、俺が、反対の道路からあいつを呼んだのがいけなかったんだ。あいつよりも先を歩いてて、早くおいでって。
そんなことを言わなきゃ、きっと、あの事故は起きなかった」
ハナの記憶は、消えていくことはなかった。
「俺のせいなの。何より大切なのにね。俺が、壊しちゃったんだよ」
こっちを見ないお兄さんの顔は、もう、泣きそうなものじゃなかった。
そんな後悔きっと、とっくに通り過ぎているんだろうと思う。
大切な家族の、思い出を、未来を。すべて壊してしまった瞬間。
お兄さんのせいじゃないことなんて明らかだ。そのときのことを知らないわたしでさえ、そんなことくらいすぐわかる。
だけど「あなたのせいじゃない」なんて言葉は、とても、言えなかった。
だって、これまでどれだけの人が彼にその言葉を伝えただろう。何度だって言われて、何度だって考えて、何度だって悩んだはずだ。
その途中には「自分のせいじゃない」って答えも確かにあったんだと思う。
それでも最後に出した答えに、いまさらわたしが何を言えるっていうの。
何言ったって無意味で、伝えようとしても、届くわけもない。
──でも、ただ、ひとつ。
「……ハナは、お兄さんのことが大好きですよ」
伝わらなくても構わないから、言っておきたいことがあった。
だってそれはわたしの言葉じゃなく、ハナの、思い。



