「ハナが、」


ふいにお兄さんが口を開いた。

無意識にじっと見つめていたせいでちょっとびっくりしたけれど、お兄さんが通りを眺めていたおかげで、それが知られなかったのは幸いだ。

お兄さんはそのまま、わたしを見ないままで、続ける。


「ハナが最近、きみのことをよく話すんだ」


わたしに目を向けたその動作は、ほんのわずかな動きだった。

でもとてもゆっくり、はっきりと、わたしの目には映る。


「楽しそうに、まるでちっちゃい子どもみたいにね、俺にきみのことを話してくれるんだよ」


向き合ったその視線が、あまりにも温かく、あまりにも、そっくりだったから。

会いたいなあ、なんて、唐突に、無性に思う。


「ハナはきっと、きみのことがすごく好きなんだろうね」


優しい声だった。

じわじわと体の奥が熱くなる。

それでいて泣きたくなる。


「あいつの側に居てくれてありがとう」



わたしの顔は、たぶん、真っ赤だったに違いない。

その反応だけでわたしのハナに対する思いの全部が、知られてしまいそうなくらいに。

とてもじゃないけどもう、目なんて合わせられなかった。

それでもお兄さんが微笑んでいるんだということは、見なくても、わかった。


側に居てくれてありがとう。

それは、わたしが受け取るべき言葉じゃない。

ありがとう。

そんなことを言いたいのは、本当はわたしの方なんだ。


くだらないことばかり考えて、何も見ないで、何も聞かないで、どんどん淀んだわたしの世界が、きみに見つけられたあの日。


ほんの僅かかもしれない。気休めかもしれない。何も変わっていないかもしれない。でも、確かに。

確かにきみの側に居るときだけは、わたしの見る景色は、きみの居る世界と同じに、あんなにも、綺麗に。