「わたしが写ってるのは消しちゃっていいから」

「そう言って、俺が消すと思ってる?」

「思ってないから、言ってみただけ」


ごろんと、芝生の上に寝転んだ。くしゃりと鳴る短い芝が耳の辺りをくすぐる。

青い草の匂いが、吸い込んだ空気に濃く深く混じっていた。


地面と平行になったわたしの目の前には、そんなに美しくはない夜空。

無意識に手を伸ばしてみたけれど、少なくて遠いあの星を、掴めるはずないことはわかっている。


「ハナに、見せたい景色があった」


上げた手のひらを下ろして、隣に居るハナを見上げた。ハナは静かな表情で、暗闇を背に、わたしを見ている。


「ずっと小さい頃に見た景色。忘れちゃってたけど、忘れないように写真に撮ってアルバムに挟んでた」

「見せてくれないの?」

「アルバムがどこにあるか憶えてないんだ。古い写真だから。どこにしまってあるか、お母さんなら……知ってるはずだけど」


声が、少しずつ小さくなった。

その理由はたぶん、ハナも気付いたと思う。

知っていても訊けない。とても簡単なことなのに、わたしにとっては何より難しいこと。


ハナが、すっと目を細めるのがわかった。

夜の中、遠くの街灯の少ない灯りだけでもよく見える、優しい顔で、笑うきみ。


「見れるといいな。セイちゃんの思い出」



それは、トン、と、胸の奥を何かで軽く弾かれたみたいにわたしに届いた。

それからじわじわと沁みていくよくわからない感覚。

ハナと居るとよく感じる、少し苦しくて、嫌なわけじゃなくて、でも、無性に泣きたくなるような、そんな気持ち。