「そうだね。たぶん、すぐに溺れちゃうんじゃないかな。ここすごく深いし」
てっきり怒られるかと思った。
普通なら「何バカな事言ってんだ」とか「命を粗末にするな」とか、何かしらのお説教が飛んできそうなところ。あたしだって、目の前にそんな人がいたらまず怒るはずだ。
でも、碧はただ柔らかく笑うだけ。
「君の名前は?」
「……川原蒼唯」
ため息をつく。
聞いてどうすんだよ、これから死のうとしてた奴の名前なんて。
名前だけ淡々と答えて、橋の手すりに頬杖をつく。
そのままぼーっと遠くの方を眺めていたから、次の碧の言葉を聞き逃してしまいそうになった。
「あおちゃん」
びっくりした。
家族以外に呼ばれたことになかったことがないあだ名。響きが可愛くて、お気に入りだったあだ名。
でも、お母さんとお父さん以外には誰にも呼ばれたことがなかったのに。
あまりに驚いたあたしは、碧のほうを勢い良く振り返る。
碧はあたしとは対照的に落ち着いていて、動じることなく、さっきと同じ笑顔を浮かべていた。
「何で……名前……あだ名……」
目を丸くするあたしが、碧の綺麗な瞳に映った。