呆気にとられる私に、マリナさんは「やーねぇ」といった顔でひらひらと手を振った。
「そりゃ確かに、ちょっとそういう関係にはなりかけたけど。でも、向こうだってこんな34歳のオバサンなんか本気で相手してないわよ」
「…え?そうなの?」
「そうに決まってるじゃん!なんていったって、華の大学生なんだから。私はお姉さんみたいに思われてるだけよ。今ちょっと親と喧嘩して、行くところがないみたいだしね」
マリナさんはあっさりとそう言って。腕時計に目をやった。
キラキラの、小さな宝石のついたピンクゴールドの腕時計。
マリナさんの腕に合っている。
…いったい、いつの間に時計を変えたのか。
「あ、そろそろ時間。行かなきゃ」
「…はあ」
「ユッキー。軽くだけどご飯作っておいたからそれ食べて。今日はごめんね」
そう言い残して、マリナさんは颯爽と去っていった。
カツカツと響く、ハイヒールの淡い足音。
自動ドアがすっと開いて、夜風の中に消えていく姿は、桜の花びらみたいだった。
右手にはしっかりと、折り畳み傘が握られている。
――やれやれ、人騒がせな。
私は深いため息をついて、目の前で待ちぼうけを食らっていたエレベーターに乗り込んだ。