――彼女の枕は、バラのような甘酸っぱい匂いがする。
カーテンを無視して入ってくる眩しい光の気配に、思わず顔をしかめた。
目をぎゅっと瞑ったまま、窓とは逆の方向に寝返りを打つ。
すると、軽い足音が聞こえた。
「蒼ちゃん」
俺を呼ぶ、少し高飛車な声。
語尾をほんの少しだけふわっと持ち上げる、呼び方。
彼女の香りの中で、俺はその声を完全に彼女だと思い込んでいた。
「…マリナ、さん?」
「蒼ちゃん」
「おかえり…なさい」
マリナさん。
…マリナさん。
きれいなウェーブを作った茶色の巻き髪。
年齢を全く感じさせない、白いつやつやの肌。ピンクの唇。
あの美しい顔がほわんと頭に浮かんでくる。
――あなたのおかげでコーヒーが好きになったかも。
いたずらっぽく笑いながら、そんなことを言う。
もうだめだって、その瞬間、完全に恋に落ちた。
「蒼ちゃん」
「マリナ…さん…」
ぼんやりと目を開けながら、手を伸ばした瞬間。