「したことないんだ」

「そう。変でしょ?」

「いや、んなことないよ。
じゃあね、きっとユッキーもいつか分かるよ。
理屈も何も通ってないのに、心がものすごく揺さぶられる瞬間がある。なんか、理性とかもどうでもよくなって、"ああ、この人だ"って心が振動する瞬間っていうのが、きっといつか、ね」


そっか。
私は確かに、そういう経験をしたことがない。
勉強も手につかないぐらい誰かのことを考えるなんてことが一度たりともなかったし、ひと肌恋しいとも思ったことがない。

そういう意味では、ときめいて、苦しんで、心の振動を感じているマリナさん」や蒼ちゃんが少しうらやましくもなった。
そうなりたいってわけでは、ないけど。



ぐぅ、と低い音がした。
蒼ちゃんがお腹を押さえて、はぁとため息を吐いた。


「なんかお腹空いたな。晩御飯、出前か何か取ろうか」

「…で、結局居座る気なの?」

「バイトは続けてるし、学校にもここから行くし。食費は払うから許してください。…とりあえず、親の怒りが収まるまで」



さっきまでかっこいいことを言ってたくせに、急にかっこ悪くなった。