それに。
…私は、じっとりと汗を握った手をゆっくり開いた。
先輩を殴るということは、この手がまた先輩に触れるということだ。
それは避けたかった。
――もう二度と、あの体温を思い出したくなかった。
「…ユッキー…」
「…さよなら」
私は、それだけを短く言って。
くるっと背を向けると裏門から外へ出ていった。
もう振り向く気は微塵もなかった。
「…あ、いたいた、ユッキー!」
マンションの前で、元気に手をぶんぶん振る姿があった。
真っ赤なバイクに跨がっている。
その姿を見つけて私は久しぶりに、無邪気な小学生みたいに走り寄った。