「……ひー、あのさ」
「ん?」
ここ最近、ひーと一緒にいるのがつらくなってから、ずっと疑問に思ってた。
「ひーは何であたしと友達でいてくれるの?」
聞いてみたかった。
あんなにも冷たくしてるのに、何であたしから離れようとしないのか不思議でしょうがない。
「……どうしてそんなこと聞くの?」
ひーが首を傾げた。
「……ひーはあたしのこと友達って思ってくれてるかもしれないけど、あたしはひーをそんな風には思ってないかもしれないよ」
最低だ。
親友を試すような真似して、あたしは一体何がしたいの?
自分が自分でわからない……。
「……理由なんてないよ。私がはるのそばにいたいからいるだけ。はるが私をどう思ってようが関係ないよ」
まっすぐにあたしを見て。
ひーが言った。
そのあとにひーは優しく笑ってくれたけど、それはあまりにもまぶしくて、あたしは直視することができなかった。
関係ない……か。
ひーは、なんて綺麗なんだろう。
少しはあたしを疑うとか、嫌うとか、そうしてくれたら、
あたしももう少しひーを好きでいられたかもしれない。
まっすぐで純粋すぎるから、あたしはひーが嫌いなんだ。
自分の醜さが、ひーといることによって改めて思い知らされる。
疲れちゃう……つらいんだよ……ひーといると。
なんて、ひーのせいにしてる時点であたしは最低だ。
もういやだよ。
こんな自分が大嫌い。
「……ごめんね、ひー」
「何で?どうして謝るの?」
感情なんて1ミリもこめてない謝罪の言葉を、あたしは意味もなく口にした。
自分の醜い部分を知っていながら、それを直そうとかしないまま、ただひーを羨んでる。
本当……ダメな人間だよね、あたしは。
ひーを羨む資格すらないんだ。
「はる、帰ろう?」
ぼんやりしていたあたしの顔を覗き込みながら、ひーが優しく言う。
「あ……うん」
あたしが頷くと、ひーは満足気に笑った。
と……その時。
「……っあぶない、ひー!!」
道路側を歩いていたひーの腕を、あたしはとっさに自分のほうに引き寄せる。
その直後、猛スピードで黒の乗用車が通り過ぎていった
「……ったく。明らかにスピード違反でしょ、あの車……。
ひー、大丈夫?」
「うん、平気」
ひーの小さな身体に、ケガらしきものはひとつもなかった。
「ひー。フラフラしてないで、もっとちゃんと周りを見ながら歩きな。今度は助けてあげられるかわかんないよ」
あたしが叱ると、ひーは反省もしないで笑った。
「うん、ごめんね。ありがとう、はる」
陽だまりのように温かなその笑顔は、あたしの頬を自然と緩くさせる。
無事でよかったと思う自分がいることに、あたしは気付かないふりをした。
「伊沢ー、これ着てみて!」
高村くんが掲げた占い師の衣装を見て、あたしは思い切り顔をしかめた。
夏休みのほぼ毎日、うちのクラスは文化祭の準備を行っている。
家にいてもやることなんてないし、何かやってたほうが何も考えないで済むから、あたしも毎日準備に参加していた。
教室のおおまかなレイアウトのアイデアはすでにできていて、2学期になればすぐに作業を開始させることはできそう。
桜さんや相沢くんをはじめ、うちのクラスの団結力のすごさに、あたしは少しびっくりした。
そして今日は、それぞれのグループで占いの予行演習みたいなものをやることになっていた。
そんな時に、「本番と同じようにやらなきゃ!」と、高村くんがすでに用意されてある占い師の衣装を引っ張りだしてきた。
「やだ。絶対着ない」
「えー、何で?」
何でって……。
「そんな大胆な衣装着れるわけないでしょ!」
あたしは断固拒否をし続けた。
だって、さすがに先生からNGが出るんじゃないかと思うほど、女子用の衣装は露出が多めで、大胆なデザインだった。
誰なのよ、この衣装を選んだのは!?
「俺も着たし、伊沢も着るべきだ!」
「男子の衣装は全然問題ないんだから、いいじゃない!」
女子はあんなにも派手だというのに、男子は黒いマントに黒い仮面という至ってシンプルなもの。
っていうか、いちいち衣装を男子用と女子用に分ける必要もないと思うんだけど。
「ねえ、伊沢ー。俺、これ着た伊沢見てみたーい」
「しつこいなぁ……。あたし、そんなの似合わないから絶対嫌。着たとしても見せてあげないし」
そうだよ、あたしはこんなの似合わない。
こんなの着ても、みんなの笑い者になるのが目に見えている。
あたしは……ひーみたいに可愛くないんだから……。
「──そんなことないよ」
突然、高村くんが逃げようとするあたしの腕を掴んで、真剣な目を向けた。
「えっ……」
間の抜けた声が、あたしの口からもれる。
高村くんの射抜くようにまっすぐな瞳が、あたしを捕えて離さない。
「伊沢……気付いてないかもしんないけどお前、充分可愛いから」
心臓が大きく跳ね上がる。
男から“可愛い”なんて……初めて言われた。
いつだって、ちやほやされるのはひーのほうだったから。
嬉しくて……恥ずかしかった。
「お世辞なんて……いらないし」
「そんなんじゃねえよ。もっと自信持てって。俺は、中里よりも伊沢のが可愛いと思ってる」
ひーよりも……あたし……?
信じられない。
あたしがひーに勝てる部分なんて、ひとつもないのに。
高村くん……変だよ。
100人に聞けば、100人がひーのほうが可愛いと答えるに決まってるのに。
高村くんは……なんてバカな人なんだ。
「……ちょっとだけだから」
そうつぶやきながら衣装を受け取ると、高村くんはパッとたちまちいつもの明るい笑顔を浮かべた。
──これを着たところで、ひーに勝てるわけでも何でもない。
あんなの高村くんだけしか思ってないんだから。
だけど、嬉しかった。
だから……お礼として、衣装を着てみることにした。
その結果。
「い、ざわ……?」
着替えたあたしを、高村くんが唖然とした様子で見つめる。
クラスのみんなも、口を開けたままぽかんとしていた。
ほら……やっぱ、あたしなんかが可愛くなんてなれない。
占い師だからって、いきなりこんなの着たから、みんな引いてるんだ。
俯いて、すぐに制服に着替えようと思った時。
「伊沢っ……超可愛いっ!!」
無邪気な笑顔で、高村くんが叫んだ。
そしてあたしの両手を握る。
「顔上げなって、伊沢!めちゃくちゃ似合ってっから!」
「そんなっ……絶対変だよ……。みんなも引いてるし……すぐ着替えてくる……」
「そんなことないよ! なぁ、みんな!」
高村くんが、無言のままのクラスメートに呼び掛ける。
「うん。めっちゃ可愛いよ、伊沢さん」
「すごい似合っててびっくりしたよー」
高村くんに答えるように、みんなが口々に感想を言い始めた。
女子も男子も……みんながあたしを褒めてくれた。
「うん、はる超可愛いよ!」
もちろん、ひーも。
とびきりの笑顔で頷いてくれている。
なんだか初めて、あたしを認めてくれたような気がして……。
「あ、ありがと……!」
涙が出そうなほど嬉しかったけど、同時に恥ずかしさも込み上げてきて、気付くとあたしは教室を飛び出していた。
「えっ!? 伊沢!!」
高村くんがあたしを呼び止めようとしたけど、その声はあたしには届かなかった。
もしかすると、高村くんにつられてみんなも可愛いって言ってくれたのかもしれない。
あたしはひーの親友だから、悪いことは言えなかっただけなのかもしれない。
だけど、お世辞さえ言われたことのなかったあたしにとっては、最高に嬉しかったんだ──。
どうすればいいかわからなくて、何故かとっさに教室を飛び出してきてしまった。
自分が一体何をしたいのか、自分でもまったくわからない。
結局、最上階の踊り場にやってきたあたしは、どうしようもなくて座ったままぼんやりとしていた。
どうしよう……。
いきなり飛び出してきちゃったもんだから、なんだか教室に戻りずらい……。
しかも衣装のまんま……。
ああ、どうしよう……。
「──いーざわっ」
軽い声に呼ばれ、あたしは反射的に顔を上げた。
優しい笑顔を浮かべた高村くんが、そこに立っていた。
「……高村くん」
「急に出てっちゃったかと思えば、こんなとこにいたのかよ……。つか何やってんの?」
「特に何も……」
つぶやくあたしの隣に、高村くんがそっと腰をおろす。
「なんか……あんなふうにみんなに褒められたの初めてだったから、どうしたらいいかわかんなくて……」
あたしが言うと、高村くんが声を上げて笑った。