何で……こんなバカそうな人に、気付かれてしまったんだ。



思わず飛び起きてしまった。


「なっ……何言ってんの?ひーとあたしは親友だよ?そんなことあるわけないじゃん」


なるべく平静を装ってみたけど、高村くんのまっすぐな目は、あたしのすべてを見透かしているようだった。


「わかるよ。伊沢のこと、毎日見てたから」


何それ、どういう意味?


何でそんな、苦しそうな顔してるの……?



「ずっとひとりで悩んでたんじゃねえの?」



高村くんにいつものような軽いノリはなくて、ただ優しく言った。






「何で……そんなこと言うの?」


ずっと、ずっと我慢して隠してきたのに。


何でこんな、ただのクラスメートなんかに……。



「俺は伊沢の味方だから」



ホントに……何なの。


何であたしが一番欲しかった言葉を、今日初めて喋ったようなこの人が言うの。


もう、わけわかんない。


「そんなこと言って……どうせあんたも、あとでひーの味方になるくせに……」


涙をこらえて振り絞った言葉は、なんともひねくれたものだった。


「俺は、中里じゃなくて伊沢の支えになりたい」


それでも高村くんは、ただただ優しく、でもさらりとすごいことを言った。



「伊沢のことが好きだから」






高村くんの突然の告白は、あたしの思考回路を麻痺させるのには十分すぎるものだった。


「でも、あたし……」


頭に浮かぶのは、田代先輩。
その隣には、嫌でもひーの姿を並べてしまう。


「田代先輩が好きなんだろ?それも知ってる。知ってるうえで、伊沢を好きになった」


「だけど、あたしは……高村くんに好きになってもらえるような良い女じゃないからっ……」


心の奥には、親友に対する真っ黒な負の感情が渦巻いてる。


醜く、最低な女。



「そんなとこも全部ひっくるめて好き。どんな心を持っていようと伊沢は伊沢だろ?
俺は“伊沢”だから好きなんだ」






それからのことは、あんまりよく覚えてない。


ただ泣いて、


ひたすら泣きまくって、


高村くんがあたしの話を、優しくただ黙って聞いてくれた。



“俺は伊沢の味方だから”



高村くんの言葉は、ぽっかり空いていたあたしの心を、温かく埋めてくれた。


理解者……とまでは呼べないけど。


あたしの、初めてできた心のよりどころだって思ってる。


ありがとう、高村くん。


あたしなんかの味方でいてくれて。


あたしなんかのこと、



好きだって言ってくれて。






うちのクラスの文化祭の出し物は、占いをやることになった。


そしてうちのクラスは、イベントごとには誠心誠意、そして完璧を目指して取り組むことがモットーとされている。


というわけで、夏休みのほとんどが文化祭準備のための登校日とされた。


めんどくさいけど、そういうのは嫌いじゃない。


何かひとつのことをみんなでやりとげるっていうの。


それに、夏休みはほとんど暇だし、あんまり暇な日が多いと嫌でもひーと遊ばなきゃいけなくなりそうだったから。


こっちのほうが、幾分も気が楽。



「えっと、3つのグループにわけて当番制で行います。できれば男女混合で、グループをつくってください」


桜さんの言葉で、みんな各々にグループをつくりはじめる。


グループ……か。
あたしはひーとなるのかな。



「裕菜!一緒にやろう!」



ぼんやり考えていると、クラスの中心的存在の女の子が、ひーの名前を呼んだ。






「えっ……」


ひーが困ったようにあたしに目を向ける。


……何なの、その顔。


たぶん、ひーはあたしとグループを組もうとしてたんだと思う。


だけど、他の子から誘われてどうすればいいかわからない、といったところだろう。


何で……いちいちあたしの顔色を伺うの?


ひーの好きにすればいいのに。


そんな風に見られると、ひーだけが誘われたことを改めて思い知らされてるような気がして、



「……好きにすれば?せっかく誘ってくれてんだし」



ほんっと……むかつく。


「でも、はるがっ……」


“ひとりになっちゃう”


ひーは、そう言おうとしたに違いない。


悔しいけど、その通り。
ひー以外に、あたしと仲良しな人なんてこのクラスにはいない。



「大丈夫だから!」



友達の多いひーとは違う。


悔しくて悔しくて。
あたしはひーに冷たく言い放ってしまった。






いつもと違うあたしにびっくりしたのかもしれない。


ひーは一瞬びくついたあと、


「うん、わかった……。ごめんね、はる……」


申し訳なさそうに言って、誘われたグループへと向かった。



……あたし、本当最低だな。


ひーは、あたしのために迷っててくれたのに。


だけど、それが逆にあたしを苦しめた。


気が付くと、周りはすでにグループができてしまっていて、あたしが入れる場所なんてどこにもなかった。


ひーを突き放してしまったあたしは、当然のようにひとりになった。


みんなが、心なしかあたしをグループに入れるのを拒んでいるようにも見える。


もう……やだ。



「伊沢!こっちおいでよ!」



その時、明るく無邪気な声があたしを呼んだ。


呼んで……くれた。



「……高村くん」



高村くんは、文実委員の相沢くんや桜さん、それから地味系なグループに属してる男女2人と組んでいた。






「……いいの?」


あたしなんかが、そこにいていいのかな。


恐る恐る問いかけると、高村くんは笑顔で「いいに決まってんだろ!」と、あたしを無理やり引っ張っていった。


「あ……えっと、よろしくね。伊沢さん」


高村くんに連れられ、輪の中に入ると桜さんが柔らかく笑いながら迎え入れてくれた。


「……うん、よろしく」


相沢くんや他のみんなも、あたしみたいな人間を快く受け入れてくれた。


嬉しい……嬉しくて、涙が出そう。


いつも、“ひーの友達”だからという理由で、あたしと友達になってくれる人はいたけど。


それはひーがいなければ、簡単に切れてしまう薄っぺらな関係でしかなかった。


だけど、桜さんたちは“ひーを通したあたし”じゃなくて、ちゃんと“あたし”を見てくれた。


それがどうしようもなく嬉しかった。


それもこれも、高村くんが呼びかけてくれたおかげだ。



「ありがとう、高村くん……」



精一杯の笑顔で言うと、高村くんは照れ臭そうにはにかんだ。







「じゃあ、分担決めますね」


うちのグループは文実委員の2人がいるから、いろんなことがすいすい進んでいく。


少しおろおろしつつも、相沢くんのフォローを受けながら一生懸命頑張る桜さんを、素直にすごいと感じた。


「あの2人、実は付き合ってんだぜ。知ってた?」


高村くんがそっと耳打ちをする。


「ううん、知らなかった。でもお似合いだよね」


「だよな!」


あたしが答えると、高村くんは自分のことのように嬉しそうに笑った。


“友達の幸せを心から祝福する”


そのことが普通にできてる高村くんはすごい。
あたしは……できないもん。


ひーが幸せだったら、ひーだけずるいって思ってしまう。


ううん、ひーだから祝福できないんだ。


きっと桜さんだったら「よかったね」と、心から言える。


何で……ひーじゃダメなんだろ。


あたしにないものを、みんな持ってるから?


考えても答えは出なかった。