「じゃあお願いします。さようなら、律先輩」
「うん。じゃあね、ハルちゃん」
にこにこと手を振る高村くん。
千春ちゃんは、あたしには笑いかけもせず頭を下げただけで、帰っていった。
「……千春ちゃん、だっけ。いい子だね」
「うん。明るいし、気配りもできるし、マネージャーとしてもよくやってくれてるって浩也も言ってたんだ」
高村くんのバカ。
あたしだって一応先輩なのに、あんな態度は“いい子”な女の子がするようなことじゃない。
あたしが認める“いい子”は、ひーだけ。
高村くんは意外と鈍いんだ。
「……もう、ここでいいよ」
「え?」と、高村くんは首を傾げる。
それもそうだ、あたしの家までまだ距離はある。
「じゃあね……!」
「えっ……ちょ!」
引き止めようとする高村くんを振り返りもせず、あたしは走った。
──なんだ。高村くんを想ってくれてる女の子いたじゃん。
別にあたしじゃなくても良かったんだ。
『ハルちゃん』
あたしも“はる”だよ。
なのに、
あの娘は“ハルちゃん”で
どうしてあたしは“伊沢”なの?