雲一つない青空、
爽やかな風が朝の町を吹き渡っている。
「“果てしなく続く人生であるように”。」
悠が言った。
心の中で呟いてみる。
“果てしなく続く人生であるように”。
「…良い名前だね。」
生まれてきた命への願いだ。
「あっ!遅刻!学校!」
「あ!うわっ!ちづがまったりしてるからっ!」
「自分だって!!」
進め。
進め。
進め。
顔を上げて。
前を見て。
「ていうかさぁ!」
「何だよ!?」
「ウチらって、めちゃくちゃ長生きしそう!」
「え?」
だって、たくさんの愛が詰まってる。
ほんの少し苦い初恋の終わりと共に、夏が終わる。
あの夏を生きた君たちと過ごした、かけがえのない夏。
君がいた夏。
あたしは、笑顔で駆け出した。
新しい日々へ――――…。
【絆】
車の窓ガラスから、流れる景色を見つめていた――。
「もう10年か…。」
「ん?何が?」
あたしはクスリと笑う。
「何でもない。久しぶりにこの町に来たからかな、昔のことを思い出したの。」
「昔のこと?」
「そう。ほら見て、あの制服とか。」
あたしが助手席の窓から示すと、
「あー!中学の制服!」
と、言いながら笑う。
「懐かしいでしょ?」
母校の制服に身を包んだ後輩たちが、街路樹の下を歩いてる。
まだ幼さの残る中学生に、あたしは思わず目を細めた。
あたしにも、同じ時代があった。
あれから、もう10年か。
「ねぇ?お土産って本当にこれでよかったの?」
信号が赤になり、悠はブレーキをかける。
車は緩やかにスピードを落とした。
「その質問、何回目?」
「だって…。」
「大丈夫だよ。うちのばあちゃん、それ好きなんだ。
目が無いんだよ。」
悠にそう言われても、あたしの不安はなかなか消えてくれない。
当然だ、初対面なんだから。
「…お身体のほうは大丈夫なの?」
「もう、すっかり。って言っても、歳だし、しょっちゅう入退院繰り返してるけどな。…何?緊張してんの?」
からかうような調子で言う悠に、あたしは溜め息を吐く。
「結婚式の時もお会いできなくて、何のご挨拶も出来なかったのよ。」
「仕方がないだろ?あの時、ばあちゃん丁度入院してたんだから。」
信号が青に変わる。
再び車は動きだして、あたしはまた窓の外を眺めた。
「…喜んでくださるかな?」
「土産?」
「それもあるけど……。」
春。
空は透明に近いブルー、日曜日の昼下がり。
門をくぐり、車を停める。
赤い三角屋根、白い壁の二階建ての家。
広い庭にはたくさんの木々。
「これは何の木?」
「枇杷だよ。その向こうはザクロ。」
枇杷、ザクロ、と言われてもあたしにはピンとこなかった。
まるで植物園のようだ。
珍しげに辺りを見回していたあたしに、悠が言った。
「全部、ばあちゃんの趣味だよ。
じいちゃんが早くに亡くなって叔父さんたちと母さんを女手ひとつで育てて、色々なことが一段落ついてから始めたらしい。」
玄関までの、石畳の小道を歩く。
その周囲には小石が敷き詰められている。
「あっ!」
「どうかしたか?」
「あれって…。」
あたしの視線の先に、
真っ白な花を咲かせた木があった。
悠が、微笑みながら言う。
「ハナミズキだよ。
リビングから見えるんだ。」
立派なハナミズキに咲く花は、雪が降り積もっているように見えた。
あたしは、その光景を見て懐かしくなる。
「綺麗ね…。」
おばあ様は、この家に一人で住んでいるという。
時々やって来るらしいお手伝いさんに、リビングまで案内された。
リビングの壁には、たくさんの絵が掛けられている。
悠によると、絵もおばあ様の趣味だそうだ。
丸みを帯びた独特の線が印象的な絵は水彩画で、淡い色調の優しい絵だった。
大きな窓の向こうにハナミズキが見える。
風に揺れ、花びらがひらひらと舞っていた。
それは、まるで蝶のように美しい。
「よく来たねぇ。」
ハナミズキに気を取られていたあたしは、慌てて視線を移す。
悠のおばあ様は、ゆっくりとした足取りでソファーに腰を下ろした。
朗らかな笑顔、薄桃色のカーディガンがよく似合っている。
「久しぶりだね、ばあちゃん。」
「初めまして、千鶴です。
ご挨拶にも伺えず――…。」
「堅苦しい挨拶はいいのよ。」
おばあ様はにこりと笑って、
「それより、それは何かしら?」
と言った。
その視線は持参したお土産に向いている。
「本当に食い意地が張ってるよな。ばあちゃんの好物だよ。」
おばあ様はそれを聞いて嬉しそうに言った。
「キャラメルね。ありがとう。」
本当にキャラメルでよかったのか。
悠から聞いた時は、半信半疑だったけど…。
お手伝いさんが運んできてくれた紅茶を啜りながら、世間話をした。
紅茶には檸檬の輪切りが浮かび、悠が小さい頃の話で盛り上がる。