「続きは明日にしよう。腹が減るなら弁当も持ってくればいい。」
一点の曇りもない笑顔でそう言うと、彼はあたしに手を差し伸べた。
心臓は煩いし、顔はなぜか緩んでしまいそうになる。
だからってニヤニヤするわけにはいかないから、無理やり唇を噛んだ。
彼の手を掴もうとした。
でも、掴めなかった。
あたしの手は、彼の手を抜けて宙を切っただけだ。
その瞬間、あたしはハッと気づかされる。
忘れていた。
そうだ、彼はこの世の人ではない。
あたしが彼に触れることも、彼があたしに触れることも永遠にないのだ。
そんなこと当たり前なのに。
何でこんなに胸が痛いんだ。
あたしは俯いた。
「人と話すのは久しぶりで…僕まで忘れてた。ちづ、自分の足で立て。」
自嘲するような笑い声が夜の中に沈んでいく。
彼の顔を見れなかった。
「…言われなくてもそうするっつーの。」
彼に触れてもいない右手が、なぜかじんじん痺れている。
その甘い痛みに気づかなかったふりをして、あたしは来た道を引き返す。