「モット」
男は片手を差し出すが、それを払いのけると、
「アホ、十分や。ポンプなんて数百円やろうが」
と男をにらみつけた。

 男は不満気にうなったが、やがて、
「コノタナニハイッテル」
と古ぼけたステンレス製の棚を指差して、そのまま踵をかえして歩いて行った。

「ちょい待ちや!」
そう言う和美に振り返りもしない。

 その棚を開けると、すぐに注射器が見つかった。使い捨ての物で、きっちり密封されていることを確かめると、和美は改めてまわりを確認した。


___大丈夫、誰もいない


 その時、再び、両親の顔が頭をよぎった。


 覚せい剤であろうそのカプセルを見つめる。

 頭の中で、誰かがやめさせようとしているのが分かった。

 その一方で、自分が強くないことも和美は知っていた。