「お前の好きなドーナツ買ってきたぜ!」
ドーナツ…?
「今度、ケーキバイキングあるらしいから行こう!」
ケーキ…?
数々の誘惑が、あたしの決意を鈍らせる。
次から次へと美味しそうなスイーツをあたしに差し出してくる彼。
前なら喜んで食べてたけど、今は苦しいだけだった。
あたしは痩せたいのに……。
っていうか、何で太ってるって言った張本人が、彼女のダイエットに協力してくれないのよ!
あたしがおデブちゃんになってもいいのか!
「……いらない」
あたしは、彼が買ってきてくれたプリンを拒んだ。
うぅ…本当は食べたくて仕方がないのに〜…。
そんなあたしに、彼が追い討ちをかける。
「いらねえの?いつもなら喜んで食べるのに」
「ごめん、いらない」
「ホントにいいのか? ほら、カステラもあるぜ」
か、カステラ…!
食べたい、食べたい、食べたい!
……けど、我慢しなきゃ。
「ホントにいらない。あたし今ダイエットしてるの。だからしばらく、スイーツとか甘いものは控えるね」
今にもこぼれそうなよだれをなんとか飲み込み、目をかたく閉じて言った。
すると、彼は何故かキョトンとしていた。
「何でダイエットなんかしてんの?」
「……はい?」
彼の間抜けな声に、今度はあたしがキョトンとなる。
「だ、だって…太ったって言ったじゃん!」
「え?俺、太ったなんて言ってないけど……」
意味わかんない!
あたしはこの耳で聞いたんだから!
「『丸くなった』って言ったじゃん!だからあたし……すごいショックで、痩せなきゃ嫌われるかもって思って、それで……」
あたしが必死にそう言うと、キョトンとしていた彼は、突然声を上げて笑いはじめた。
「え……何で笑うの……?」
「お前っ…ホント可愛いな!」
「……っ!?」
あたしの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「言っとくけどお前、自分が思ってるほど見た目変わってないよ」
いや、でも実際3キロも増えたし……。
「確かに、出会った時より丸くなったかなとは思ったけど、俺は全然気にしてないから。
それより、お前がやせ我慢して体壊さないか心配なんだけど?」
「でも…あたしは嫌なんだもん」
いたずらっぽく笑う彼に、あたしは少し涙目になりながら言った。
「実際前より体重増えたし、最近お菓子ばっかり食べてるから、そのうち嫌われるかもって本気で考えて……。
あたしなんかより、スタイル抜群で可愛い子なんていっぱいいるか、愛想尽かされるんじゃないかなって思って……。だから……」
そう、あたしは不安だった。
あなたが、他の女の子のところにいっちゃいそうで。
カレカノという関係になってからも、そんな不安はいつもあった。
だから今回、「丸くなった」って言われて、それが現実になりそうで怖かったんだ。
「大丈夫だよ。俺はお前以外の女なんて興味ないし。
……お前だけだよ」
また頭をくしゃくしゃと撫でられる。
手のひらから、温もりが伝わってきて、安心できた。
「でも、ホントにダイエットしたほうがいいかも。お腹まわり…つかめるようになっちゃったし…」
ため息をつくあたしの頬を、彼が人差し指でつつく。
「別にいいじゃん。俺、美味しそうに食べるお前を見るの、結構好きだし」
「ダメ!やっぱり3キロは痩せなきゃ!」
あたしがそう意気込んでいると、彼が少し不満そうに口を尖らせた。
「俺的には、少しふにゅってしてるほうが、抱き心地がいいんだけど……」
彼の言葉により、あたしの顔は真っ赤になる。
嬉しいような、恥ずかしいような……変な感じ。
「……バカっ」
「なっ…バカって何だよ!」
あたしは心の中で新たに目標を掲げた。
“目指せ、2キロ減量!”
fin.
席替え
「じゃあ、くじひいてってー」
俺は、数字が書かれた紙がたくさん入れられている箱を持ち、じゃんけんで勝ったほうの列から順に回りはじめた。
俺はHR委員。
学級委員と同じようなもので、学級……つまりHRをまとめる役割を務めている。
やりたくてやってるんじゃない。
「誰か立候補してくれる奴いねえのか?」
──4月。
委員会決めは、何年生になってもなかなかすぐに終わらない。
何が楽しくて面倒臭い委員会なんかやらなきゃいけないんだ。
俺は小、中学と、HR委員やら体育委員やら目立つ位置に立ったことがない。
そんな柄じゃないんだ。
高校入ってからも、そんなことやるつもりはさらさらなかった。
だけど、
「どうしても決まらないなら、じゃんけんかくじかで、強制的に決めるからなー」
先生の脅しに、クラスの全員が揃って「えー!!」と不満を漏らす。
それを聞いた途端、俺はダメだと思った。
“じゃんけん”……。
それは俺が最も苦手とする、勝負事だった。
何でじゃんけんなんかで……確実に俺がなるに決まってんじゃねえか!
俺は今まで、じゃんけんには負け続けてきた記憶しかないんだよ!
「もう、誰かやってよー」
「だったらお前がやれよ」
「絶対嫌ー」
そんな会話が耳に届き、ハッと我に返る。
……誰かやらなきゃ、じゃんけん。
じゃんけんだとしたら、俺が負けるのはほぼ決定事項。
どうせ結末が見えてるなら……
「はい、俺やります」
男らしく潔くいってやらぁ。
そんなわけで、俺は自分から進んでHR委員をやることにした。
もちろん本意じゃないけど、誰かがやらないといけないし。
じゃんけんをしたとしても、俺が負けるのは目に見えてたし。
どのみちやる運命なんだったら、じゃんけんなんかで決める前に立候補したほうがいいと思った。
というわけで。
HR委員になった俺だけど。
任されるのはほとんど雑用。
おまけに同じHR委員の女子のほうは立候補者がいなくて、結局じゃんけんで決まった奴。
やる気なんてないのか、これっぽっちも手伝ってはくれない。
今回の席替えのくじだって、先生に頼まれて、俺がひとりでつくった。
あーあ…。
もっとマシな奴と一緒だったら、俺だってもう少し積極的に頑張るのに。
たとえば……あいつみたいな。
みんながくじをひき、いろんな風に騒ぐ中、俺は窓際の一番後ろの席に目を向けた。