「もしかして、ソメイヨシノからですか?」
「え?あ、えぇ。」
実家の庭には、大きな桜の木があった。
薄紅の満開の花が咲き誇る春に生まれた私。
その桜――ソメイヨシノからとって『芳乃』と名付けられたらしい。
青年は少し楽しそうに笑って言った。
「じゃあ、もしも。」
「ん?」
「俺と結婚したら、“サクラ・サクラ”みたいになっちゃいますね。」
あっ、と思う。
今、心の奥がギュッと縮んだ気がした。
『佐倉芳乃』……『佐倉(サクラ)芳乃(ソメイヨシノ=サクラ)』。
「そ、そうね。」
声が擦れてしまった。
かけている眼鏡さえずり落ちそうになって、慌ててかけ直す。
曖昧に笑いながら、自分に言い聞かせた。
相手は6つも年下じゃないか。バカバカしい。
一瞬でも揺れた心を恥じた。
いくら男っ気もなく、男慣れもしてないからって……。
こんなことでドキンとか、若い子じゃあるまいし。