きっと、田岡のことだろうと思った。

アキは、わたしが田岡をすきだと、もうすっかり思い込んでしまっているから。


すきな男子が、目の前で暴力事件を起こしたことで、わたしがショックを受けていないか、心配してくれたんだろう。


「田岡くんも、あれだよね!正義感強すぎ!!ちがうクラスの女子、かばっちゃうなんてさー!」

「…うん、そうだね」


明るく作った声は、自分のものじゃ、ないみたいだった。



田岡の、必死の形相をみたのは、わたしだけ。

ジュウエンムイチのつぶやきを知っているのも、わたしだけ。


どちらか片方なら、きっと気づかなかった。


田岡が、飛び出していったのは、正義感なんかじゃない。

田岡は。田岡は───



その日も、土曜日も、日曜日も。いつものラジオは、とても色あせて聞こえた。

毎夜の、心地よい低い声が、わたしを地底に連れて行ってくれることはなかった。

わたしの体も心も、部屋のベッドに寝転がったまま。


なにかを考え出したら、寝ころんでもいられなくなってしまいそうだと思った。

すべてシャットダウンしてしまおうと、目を閉じた。


どうしてか、なかなか寝付けなかった、三つの夜。





「怖いわよねぇ、八子」


返事がないわたしに、お母さんがもう一度繰り返して言った。

白と黒のつぎはぎみたいになった、トーストから目をはなして、テレビ画面を見る。