田岡が、息を吸った。
そして、とても大切そうに、息と一緒に、言葉をはいた。
「菜落だけ、笑わなかった。泣きそうな顔で、じっと、聞いてたんだ」
ああ、と思った。
・・・なんで、今になって、思い出すんだろう。
田岡の事故のことを聞いたのは、塾じゃない。その場に、いた。
わたしも、いたんだ。二組 の、教室。
二年生に上がった、四月の途中。
交通事故での入院後、田岡は普通に歩いて、学校に帰ってきた。
「自転車がさぁ、バキィッて、折りたたみになっちまったんだよ」
男子たちから声をかけられて、初めて田岡が言っていた言葉が、それだった。
自分のことじゃなくて、自転車のことだった。
通学用の自転車がバキィッて折れて、もう使い物にならないことを、ちょっと笑って話したあと。田岡は。
「野球もうできねぇわ」って、笑ったまんまの顔で、言った。