「父は、俺が小6の時に死んだ。俺が殺したんだ…」
「……うん」
千夏を強く抱き締める遥。その腕が震えている事に、千夏は気付いていた。


浅井遥は小6の時、心に傷を負った。
“父親の死”という大きな傷を。
大好きだった父は、自分のせいで死んでしまった。

「最低…あんたは私達から父さんを奪ったのよ!!」

実の母から浴びせられたのは慰めの言葉ではなく、非難の言葉だった。
わかってる。俺は皆から父さんを奪ったんだ。
当時7歳だった妹、光からも。

「ごめん、光…。俺が父さんを殺したんだ…」
「違う…お兄ちゃんのせいじゃないよ…」
光はいつだって俺のそばにいてくれた。母に完全に見放された俺の心のよりどころは、光の存在だけだった。

俺が中2に上がって何日か経ったある日、母は光に言った。
「すぐ帰ってくるから。待っててね」
9歳の光の頭を撫でてから、母は家を出た。

「お兄ちゃん…母さんが帰って来ないよぅ…」
泣きながら光は俺に抱きつく。

それから一度も、母が俺達の前に現れることはなかった。

俺達は捨てられたんだ…。いや、母は俺のせいで出ていった。
俺は光から、父さんだけじゃなく母さんまで奪ったんだ。


そこまで話したところで、遥の声が震えはじめる。
「それ、で……近所の親切なおばさんにひきとられて…」
何も言わず、千夏は遥の手を握り締めた。

「それから、しばらくして……光が…死んだんだ…」