「これ、会社用の携帯ね。プライベートのは?」

 山本は、舌打ちをすると、
「そこのカバン」
と、運転席の左下に置いてある小さな黒いカバンをあごで指した。

「ありがと」
悠然と女は携帯電話を取り出すと、その電源を切り、佳織のそばをすり抜けて生徒の方へ歩いていった。

 右のシートの分の携帯電話を回収し終わった八木が、左前のシートに進んでいるところだった。

 誰もが不平の言葉を漏らしているが、詳しくは分からないが日常ではない事態に抵抗するものはいなかった。

「これも入れておいて」
女は八木の広げているバッグに山本の携帯を放り込むと、そのまま佳織の方へ悠然と歩いてきた。

「ちょっと待ってよ!」
叫ぶような声が聞こえて、佳織は我に返る。声を出したのはすぐに分かった。一番前に座っている茶髪の女子だ。あいかわらず髪を指先でいじくりながら、怒りをあらわにして立ち上がっている。