佳織の方を見てその女はにっこり微笑むと、右手を振って手招きした。

 何の用だろう、とドアまで行きステップを数段降りたところで佳織は固まった。その女性が何かを佳織の左胸に押し当ててきたのだ。

 それが拳銃だと理解するまで時間はかからなかった。

 驚いた顔をして見たその顔にはまだ愛想の良い笑顔があった。

「静かにしなさい」

「あ・・・」
思わず声を出した佳織に、女はさらに強く拳銃を押し当てると、
「もう次はないわよ、言っとくけどこの銃は本物。だから静かにしなさい。分かった?」
と低い声で尋ねた。

 口を開けたまま何度かうなずくと、女は「それでいいのよ」と言うと、
「さぁ、元の場所に戻って。私も一緒に行くけど気にせずに運転手にドアを閉めるように言った後、バスを出発させなさい。いいわね?」

 佳織はうなずくしかできない。これが現実のことだとは思えなかったのだ。
 周りを見渡し、誰かこの異変に気づいていないかを探ろうとしたが、大型バスの駐車場は後方部に位置し、人影はなかった。

「早くしなさい」
いやに落ち着いた声に、佳織は我に返ると、ステップを再度登り始めた。

 目で山本に合図を送ろうとするが、彼は自分のお腹をさすって痛みに耐えているのか、こちらには気づいていなかった。