「尾行もなさそうね」
急に老婦人の声が若くなる。顔はおじいさんの方を向いているから、はたから見れば私に声をかけているのは分からないだろう。

 私は遠くを見ながら、
「うん。一度は刑事に疑われたようだったけど、今は下川則子が鍵を握っていると思って捜索に必死みたい」
と言った。

「下川則子はあらかじめ掘っておいた穴の中にいる。たとえ発見されたとしても、相当先の話になるはず」

「証拠は残してないのよね?」

「もちろん。髪の毛の1本すらないわ」
老婦人はおじいさんを見ながらこちらに言った。

「そう」
とだけ私は言う。

 日差しは暖かく、遠くの噴水の音が心地よい。