「はよせーや」
山本が言い、亜矢子と則子も向きを変えた。亜矢子のしゃくりあげる泣き声がリアルにうざく感じた。

「それでは名前を呼びます。しっかりと右手を上に挙げること。いい?まっすぐ上によ。分かりにくいと困るからね」

 右側にいる山本と目が合う。鋭い眼光だ。幸弘は前面から見えるオレンジに意識を集中させた。

「まず、寺田亜矢子。彼女がいちばんいじめていたと思う生徒は手を挙げなさい」

 何の物音もしない。まるでここには女以外誰もいないかのような静寂。

「つづいて、下川則子。彼女がいちばんいじめていたと思う生徒は手を挙げなさい」

 沈黙。

 幸弘は目を閉じた。そうしないと発狂しそうだった。いじめていない自信があっても、生徒たちは手を挙げるかもしれない。ましてや唯一の男子だ。罪を幸弘に着せようと考えるやつらがいてもおかしくない。

 そう思うと、ただただ恐怖だけが足元から這い上がってくるようだった。