足を一歩、前に出した。
大きく息を吸うと、夏の匂いがした。
風が吹いた。
ぬるい風だ。
蝉の鳴き声が、どこか遠くで聞こえていた。
見上げた空はどこまでも青くて、その中で、太陽だけが白く輝いて、神様みたいに世界を照らしている。
その光がまるでわたしを見守ってくれているような気がして、もちろん自惚れだってわかっているけれど、でも、少しだけ、心強かった。
額から、汗が流れ出た。
それを手で拭い、わたしは静かに目を閉じる。
暗闇の中で、何かを思い返そうとした。
だけど何も、思い浮かばなかった。
脳が、記憶を廻らすことを拒否しているかのようだ。
わたしは自然と、息を止めた。
足を、宙に投げ出した。
「なあ」