一筋の風が吹いた。
だけどその風は気持ち悪いくらい生ぬるくて、決してわたしの体を冷ましてはくれない。
蒸し暑い空気が、わたしの額から汗を流させる。
けれど、朗のまわりだけは、なぜだか晴れた冬の日のように透明で、どこまでも澄んでいるように感じた。
「……朗」
初めて口にした彼の名前。
慣れない響き、だけど不思議と、心地良く馴染む。
「なに?」
「朗ってもしかして、幽霊じゃないよね?」
上目がちに問い掛けると、朗は「はあ?」と声を上げ、そして大声で笑い出した。
「あっはっは! 幽霊って、なんだよそれ」
「だ、だって……こんなに暑いのに、カーデまで着て汗ひとつ流してないし……手だって、すごく冷たいし……」
もごもごと口の中で呟くと、朗はゆっくりと息を吐き、だけど笑顔は残したままわたしを見つめた。