放課後、いつも通りの部活風景。


「今日はルウコちゃんいないんだな」


幹太がボールに座りながら言った。


「明日香とフェスで着る服買いに行ったよ」


ボクもボールに座りながら言った。そして、座っていたボールをよけて、また別のボールに座り直す。


「これ空気抜けてる」


そう言って、さっき座っていたボールを後輩の所に転がした。


「ルウコちゃんの事は明日香から聞いたけど…」


幹太の言葉に「うん」とうなずいた。


「ソウ、お前大丈夫なのか?」


「オレ?」


「いや…話がベビーすぎるだろ。何て言うか…」


「助からない、いずれは死ぬって事?」


言葉の続きを言うと、幹太は苦い顔をした。


「まぁ…軽い話ではないし、オレもどうしていいかわかんないけど」


またボールを転がす。


「オレがどう思うかじゃなくて、ルウコがどうしたいか、なんじゃねぇのかな?」


「そうだろうけどさ…」


神妙な顔の幹太が座っているボールを軽く蹴った。

幹太は「うわ!」とビックリしながら尻餅をついた。


「ソウ!何すんだよ」


ビックリしている幹太を見て笑った。


「あんまり深く考えてもしょうがねぇよ。大丈夫だって」


ボクが言っても幹太はそれでも深刻な顔のままだった。

部活帰りに駅前で一番大きな本屋に寄った。


メモを見ながら本を探す。

メモは図書室のオバサンが書いてくれた、ルウコがいつも読んでいたあの本の出版社とタイトルが書いてある。


何か役に立つかもしれない。例えば予防法とか注意点とか。


医学書コーナーを見てもさっぱりわからないから店員を呼んだ。


その本は見上げたら首が痛くなりそうなくらい高い所にあった。


ついでに本のページをめくって


「この病気に関連してる本がほしいんですけど」


と言うと、似たような位置に『難病ー循環器ー』と書いてある本を渡された。


タイトルを読んでため息が出る。



ルウコはこんな本を一体何冊読んだんだろう…

ネットでも何度も見たんだろうな…



会計しようと思って、二冊の本の値段を確認する。


二冊で…5000円。



「たけぇ」


思わず呟いてしまった。

家に帰って夕飯を食べていると母親が買ってきた医学書を見て首を傾げている。


「これ…アンタが買ってきたの?」


母親の言葉に「そうだけど」と返事をした。


「医者にでもなろっていうの?」


向かえの席に座っている大学生の姉貴が笑い出した。


「別に。ただの調べもの」


ボクが淡々と答えると、姉貴は面白そうに見てきた。


「何だよ」


「病気がちな彼女でも出来たの?」


「はぁ?」


「高校の同級生に会ってさ、ソウがすんごい美人と歩いてるの見たって言ってたのよ」


姉貴はボクにではなく、母親に喋っている。


母親は呆れた顔でボクを見た。


「ソウがそんな美人とお付き合い出来るわけないじゃない。本当だったら是非紹介してもらいたいもんだわ」


「お母さん、それがかなりの美人さんらしいのよ。友達もビックリしたって」



姉貴と母親のやり取りを無視してボクは食べた茶碗を台所に下げた。


「ソウ」


母親から医学書を受け取って、部屋を戻ろうとするボクを姉貴が呼び止めた。


「何?」


「彼女が病気とかなの?」


少し心配そうな顔。


「何でだよ。美人薄命とか信じてんの?」


「いや…何か、最近のアンタ、深刻そうだよ。雰囲気とか」


ボクはその言葉に笑った。


「いつもと変わんねぇよ。姉ちゃんこそ深刻そうだけど、彼氏に振られたのか?」


「振られてないわよ。バーカ。心配して損した」


文句を言っている姉貴を横目にボクは2階の自分の部屋に戻った。


部屋のドアを閉めて思わず顔に手をやる。




ボクは深刻な顔をしているのか?

ボクの部屋には机ってもんがない。


ソフアの前に置いてあるガラステーブルが机代わり。


ソフアとテーブルの間に座って買ってきた医学書をめくる。

テーブルに常に置きっぱなしのパソコンの電源も入れて立ち上がるまで本に目を落とす。



パソコンにルウコの病名を入力したところでノックが聞こえた。


「誰?」


ドアも見ないで返事をすると、


「ケーキ食えだって」


と姉貴がお盆を手に足でドアを器用に開けた。


ボクは姉貴をチラッとだけ見た。


「オレいらねーから食っていいよ」


その返事を待っていたかのように「だよね」と笑ってケーキにフォークを刺した。ボクはコーヒーだけを自分に引き寄せる。


「アンタ勉強してんの?気持ち悪い。どうしたの?」


「まぁ…勉強って言えばそうかもな」


ボクの曖昧な返事もたいして聞いてないみたいだ。


ボクが本を読んでるのを黙ってみていたけど「あ!」とデカイ声を出したからビックリする。

「何だよ」


驚きながら姉貴を見ると、いつの間にテーブルから取ったのかプリクラを手にしている。

そのプリクラはルウコと初デートした時に記念に撮ったものだ。


「ちょと、何!?この子アンタの彼女なの!?ウソでしょ!?」


騒いでいる姉貴からプリクラを奪い取る。


「彼女で悪いかよ」


「だって・・・冗談じゃないくらい美人じゃない、何でアンタと付き合ってるの!?おかしいでしょ」


「別におかしくありません」


ボクは棒読みで喋ってから指をドアに向ける。

出て行けという合図だ。


「この子、人を見る目がないのねぇ・・・」


姉貴はそう言いながら部屋を出て行った。




「さて・・・」


ボクは再びパソコンと本を見ながら対策を練る。


ボクが得た知識がルウコのためになるのか・・・・。


それはわからないけど、何か役に立つかもしれない。

柏木 流湖 様


今回はボクなりに真面目に手紙を書くつもりです。


まず、正直な感想・・・というか率直な気持ちとしてはショックでした。


それは、ルウコが病気を隠していた事、そしてルウコの病気の本質です。


ボクは医者でもないし、唯一の自慢は健康なところなので、治らない病気を抱えてると言われてもどうしてあげる事がルウコにとっていいのか、今考えています。


でもわかっています。


ボクがショックを受ける前、ルウコはもっと絶望的な気持ちだったんだな、どうにか治る方法があるかもしれないな、そういう絶望とかすかな希望を常にもっていたんだと思います。


ボクに出来る事、それは変わらずルウコの隣にいること。


少しでもルウコの病気を理解して万が一発作が起きたとしても冷静に対処出来るようになりたい。


だからボクなりに勉強はしています。


これはルウコを気遣うとか同情するとかではなくて。ボクが知りたいから。


少しでもルウコを理解したいから。


だから、苦しかったり、病気を思うと辛かったりしたら遠慮なく打ち明けて下さい。


そこまで心に余裕はないけど、ルウコの悩みを一緒に考える事はきっと出来るはずです。

ルウコが言葉に出さない限り、厳しいけどボクは「健康なルウコ」と判断して接します。


ルウコは心配かけないようにと隠そうとするけどやめてください。


ボクを好きだと思ってくれるなら、ボクをもっと信用して下さい。


ボクはルウコを信じます。ちゃんと自分の気持ちにウソをつかないで打ち明けてくれると信じます。


そして、神様も信じます。


医学が進めばきっと治るかもしれない、薬が効いて病状が少しでも緩和されるかもしれない。


神様がそうしてくれるかもしれない。


ボクは信じています。


だからあきらめないで下さい。


いつものそうに笑顔いっぱいのルウコに戻って下さい。


お願いします。



高柳 蒼

「どうしよう!!生で見れるなんて初めて!!」


ルウコは胸の前で手を合わせて感激そうに言った。


「あんまり無理すんなよ」


ボクはそんなルウコに自分が被っていたキャップを被せた。


「大丈夫よ、それに帽子くらいちゃんと持ってるもん」


ふくれながらボクにキャップを返すと夏っぽいハットを被った。


「お前らさ、喋ってるヒマあったらテント張るの手伝えよ」


幹太が文句を言いながら必死でテントを張っている。


「あー、悪い悪い」


ボクも笑いながら手伝う。


明日香はテント前に焼肉が出来るグリルを組み立てていた。


「明日香って男前ねー」


ルウコが感心して明日香を見ていると、明日香も幹太同様に文句を言った。


「ルウコ!あんたどこぞのお嬢様よ。黙ってみてないで手伝いなさいよ」





ボク達4人は約束していた夏フェスに来ている。

テントもグリルも完成して一段落。


明日香とルウコはタイムテーブルを見ながらどのバンドを見に行くか相談中。


ジュースを飲みながら


「時間近くてステージ違うバンドが2つあったら片方あきらめた方がいいぞ」


と幹太が言うと「えええええ!!」とブーイング。


「どれが見たいの?」


ボクは2人の目の前に座ってタイムテーブルを覗いた。


「コレとコレ」


ルウコが指差しているバンドのそれぞれのステージは歩いて10分以上。


「どうしても見たかったらダッシュするしかない・・・」


言いかけて口をつぐんでしまう。


ダッシュなんてルウコには無理な話だ。


そんなボクを見て察したようにルウコがニッコリ笑った。


「ダッシュは無理だからソウちゃんおんぶしてよ」


「はぁ!?」


「だって両方見たいんだもん」


「無理無理、おんぶしたら腰痛めるわ」


「どういう意味!?」


ボクらのやり取りを呆れて見ていた幹太が言った。


「まぁまぁ、そんな夫婦喧嘩みたいな事されても困るんですけど。こっちはフリーなんで」


「あたし彼氏いるもん」


明日香が即答した。