だけど、神様はまだあたしを見放してないのかな、そう思ったのはソウちゃんの席の後ろになれた時。
先生に当てられて困っていたソウちゃんに思い切って答えを書いた紙を渡したら、
「ありがとう」って、部活の時の笑顔で言ってくれたの。
あの時、決めたの。
あたしに残された時間はどのくらいかわかんないけど、ソウちゃんに恋をしていたい、想いを伝えたい。
…出来れば一緒にいたい。
だから思い切って手紙を書きました。
ソウちゃんにあの笑顔でルウコって呼んでもらいたい。
ソウちゃん、こんなあたしだけど、そばにいてくれますか?
あたしと思い出たくさん作ってくれますか?
繋いだ手を離さないでいてくれますか?
夏休み、海もフェスも一緒に行ってくれますか?
変わらずに笑顔を向けてくれますか?
あたしは…ソウちゃんのそばにいたい。
あたしの生き甲斐はソウちゃんなの。
ソウちゃん、大好きだから離れないで。
ルウコより
*********
ルウコの病気。
ボクはその事実をどう受け止めればいいのかわからなかった。
でも変わらないのはルウコへの気持ち。
治らない…そう言われても希望はまだあるんじゃないのか?
ボクの気持ちは、ルウコは病気です。そうですか、じゃあさようならって安いもんじゃないから。
ボク達の気持ちを大事にすればいいんじゃないか?
そうボクは思うから…
**********
ルウコからの手紙を読んでため息が出た。
前ならあの「柏木」がボクに片思いをしていたなんて…と少し嬉しかったかもしれない。
でも、手紙の中身はもっと複雑で重たいものだ。
生き甲斐だなんて、そんな事言わないでほしい。
もっと気楽にボクと一緒にいてほしい。
ボクといる事で、ルウコの気持ちから1秒でも病気の事が頭から離れるなら…
ルウコが病院でボクに病気の事実を打ち明けてくれた時、何で涙なんて流してしまったんだろう…
今更後悔が押し寄せてくる。
何か言葉にすれば、ルウコは楽になれたんじゃないのか?
そんな気持ちがずっとボクの心を支配している。
でも、ボクはその事実をただ心の中に無理矢理突っ込むだけしか出来なくて…
何でボクはこんなにガキなんだって自分をただ責める事しか出来ない。
「何でオレってまだ高校生でガキなんだよ」
思わず弱音が出てしまう。
いつも通りのHR中の屋上。
自分の苛立ちをフェンスにぶつけるように思い切り蹴っ飛ばした。
バコン!という音と共にフェンスの一部がへっこんだ。
ボクの足の形通りに凹んだフェンスをみて、笑いが込み上げてきた。
「さすがサッカー部」
自分で言って、また笑ってしまう。
屋上の扉が開く音が聞こえて笑うのを止めた。
ルウコかもしれない、そう思った。
背中に緊張が走る。
顔を向けたら笑顔でいつもと変わらずにいよう、そう決めた。
ボス!
脳天をチョップされたみたいで結構な傷みがくる。
「いってぇ!」
振り向くと、明日香がニヤリと笑った。
「明日香?」
ボクが驚いていると、チラシみたいな物を渡してきた。
「夏フェスのチラシ。みんなで行くんでしょ?」
チラシに書いてあるアーティストの横に○がついている。
「この○は何だよ」
「ルウコがつけてた。見たいアーティストなんじゃない?」
ルウコの名前を聞くとドキドキした。
「ちなみに△はあたし。幹太はまだ印つけてないんだけどね」
明日香はいつも通り、何も変わらない。
「ふーん、オレはどれかな?」
ボクもいつも通りに明日香に振る舞った。
座ってチラシを眺める。
その隣に明日香が座る。
「ソウちゃん、無理しなくていいんだよ」
「え?」
「誰でも驚くし、戸惑うし悩む。それは普通なんだからさ」
明日香はチラシを覗きながら淡々と喋っている。
「あたしが初めて知った時には3日は寝れなかった。だって目の前でいきなり倒れて意識不明になったんだから」
「え?」
「体育でね、見学してたルウコにつまんないでしょ?って一緒にバレーやろうよって誘ったの、そしたらいきなり倒れて…ルウコも普通にやるやるって言うから…甘かったんだね。危うく殺しかけた」
ボクは明日香を見ていた。チラシに目を向けたまま早口に喋っている。
「あたし救急車に一緒に乗って、何てことしたんだろうって泣いちゃったの。でも、目が覚めたルウコはバレー楽しかったって笑顔で言ったの。それでわかったの。ルウコは病気だから特別に扱われたくないんだって。普通に接してほしいんだって」
「だからさ、ソウちゃんの気持ちが大丈夫であれば普通にしててほしい。今すぐは無理だろうけどね」
顔を上げて明日香は笑った。
「明日香…」
「とりあえず、フェスまでにはみんな今までと変わらないで元に戻ってほしい」
「あたしから幹太にも言ってあるから。ルウコの思い出作りみたいでイヤかもしれないけど、ソウちゃんがルウコの生き甲斐なの。だからお願いします」
頭を下げられてビックリする。
「おい、お前がそんな事する必要ないだろ…」
と言ってから、床に明日香の涙がポタポタ落ちてるのが見えた。
ボクは思わず明日香を抱きしめた。
「ソウちゃん?」
「これは浮気じゃねーからな。明日香がオレの代わりに泣いてるから。だから自分を抱きしめたと同じだからな」
「あははは」
明日香の笑い声が聞こえた。
「あたしだって冗談じゃないよ。でも、ルウコはソウちゃんはいい匂いするってのがわかった」
ボクはその言葉に笑って、明日香を離した。
「楽しみだね、夏休み」
明日香の言葉に「そうだな」と笑い返した。
「ソウちゃん!またHRサボって」
教室に戻るとルウコがふてくされている。
「手紙読んでたからな」
ボクはルウコの頭に手を置いて微笑んだ。
そんなボクを見てルウコはニヤニヤしていた。
「何だよ」
「明日香もいなかったから浮気してたんでしょ」
「はぁ!?」
ビックリするボクに対してルウコは変わらずニヤニヤしている。
そしてボクの腕に抱きつきながら言った。
「確かに明日香は可愛いけど、彼氏いるんだからダメだからね。それにソウちゃんにはあたしがいるでしょ?」
そんな言葉に明日香もニヤニヤしていた。
「ソウちゃん優しいからさ、ルウコ、たまに貸してよ。癒されたいわ、あたし」
「絶対イヤ、ソウちゃんはルウコが一番だよね?」
話を振られて「え?」と聞き返す。
「もー!またぼんやりしてる、ソウちゃんっていつもぼんやりしてるんだから」
「別にぼんやりしてねぇよ」
ボクはルウコの頭をグチャグチャにした。
「ちょっと!ヒドイよ!」
文句を言ってるルウコを見て笑ってしまう。
でも、心の中では葛藤していた。
ボクはルウコを今まで通りに見れるだろうか?
好きだという気持ちが薄くなったって事はまるでないけど、病気が常に頭にある。
それを態度や言動に出さないでいられるだろうか?
「ソウちゃん?」
ルウコに呼ばれて我に返った。
「フェスのチラシ見たんだけどさ…」
ボクは自分の心の中を見透かされないように言った。
「明日香とルウコ、バラバラなんだけど」
そう言うと2人が笑い出した。
「だって好みが違うもん」
ボクからチラシを取るとルウコは「ソウちゃんはどれ?」とペンを差し出してきた。
ボクはチラシに目をやりながら、見たいアーティストに印をつけた。
大体ルウコと好みが一緒らしい。
「やっぱりあたしとほぼ同じ」
ルウコは目をキラキラさせている。
「やっぱりなー、じゃあ、あたしは幹太を強制連行だ」
明日香が言って、ボクもルウコも笑った。
明日香のを見てる感じだと、幹太と好みが割りと似ているから大丈夫かな?と思う。
「あれ、これはあたしも明日香も見る予定ないけど」
ルウコが一つのアーティストを指差した。
「あ、これは幹太と2人で行くからいいんだよ」
このアーティストは初めてライブってものに行った中1の時、幹太と2人で何て楽しいんだろうって、ちょっと感動した男率が高いハードな感じのバンド。
「これは毎年幹太と行くって決めてるからさ。それに女の子が行ったら潰されて倒れちゃうから」
倒れちゃう…その言葉を口に出してから気付いた。
ルウコはフェスなんて大丈夫なのか?
ルウコを見ると、不思議そうにボクを見ていた。
ボクの心の中を見透かしたようにルウコは微笑んだ。
「大丈夫だよ。真ん前で大暴れするなら厳しいけど普通に見るなら平気だから」
「そっか…」
ルウコの病気がわかってから、ボクには疑問がある。
境界線がわからない。
何が平気で何がダメなのか…。
ルウコに確認しないとわからない。
でも、ルウコは気を遣わせないように無理な事でも平気だと言っているかもしれない。
ボクにはその見極めが出来ない。
ルウコの病気をもっと理解しなければいけない。
ルウコの笑顔を見ながらボクは思った。
放課後、いつも通りの部活風景。
「今日はルウコちゃんいないんだな」
幹太がボールに座りながら言った。
「明日香とフェスで着る服買いに行ったよ」
ボクもボールに座りながら言った。そして、座っていたボールをよけて、また別のボールに座り直す。
「これ空気抜けてる」
そう言って、さっき座っていたボールを後輩の所に転がした。
「ルウコちゃんの事は明日香から聞いたけど…」
幹太の言葉に「うん」とうなずいた。
「ソウ、お前大丈夫なのか?」
「オレ?」
「いや…話がベビーすぎるだろ。何て言うか…」
「助からない、いずれは死ぬって事?」
言葉の続きを言うと、幹太は苦い顔をした。
「まぁ…軽い話ではないし、オレもどうしていいかわかんないけど」
またボールを転がす。
「オレがどう思うかじゃなくて、ルウコがどうしたいか、なんじゃねぇのかな?」
「そうだろうけどさ…」
神妙な顔の幹太が座っているボールを軽く蹴った。
幹太は「うわ!」とビックリしながら尻餅をついた。
「ソウ!何すんだよ」
ビックリしている幹太を見て笑った。
「あんまり深く考えてもしょうがねぇよ。大丈夫だって」
ボクが言っても幹太はそれでも深刻な顔のままだった。