「ソウ!!」
デカイ声が響いて、ボクは我に返った。と、同時に背中に激しくボールがぶつかった事に気づいた。
痛みに思わずしゃがみこむ。
「おい、ボーっとしてんなよ」
幹太が駆け寄ってきた。
「あ、悪い・・・」
ボクは立ち上がって、転がっているボールを幹太にパスした。
「どうしたんだ?」
足でボールを受け取った幹太が怪訝そうに言った。
「いや、ボーっとしてただけ。大丈夫だよ。悪いな」
「何だよ、ルウコちゃんが早退して元気ないのかぁ?部活中は気にしてないフリして実はお前も意識してたんじゃないのか?」
「違うよ」
ボクはちょっと笑って、自分のポジションに歩きかけて・・・
(今、何やってるんだっけ?)
「幹太」
戻りかけている幹太を呼んだ。幹太が振り向く。
「今、何の練習してるんだっけ?」
「はぁー?」
ボクの言葉に呆れている。
「紅白戦!何、寝ぼけた事言ってるんだよ。しっかりしてくれよ」
「あ、そうか。そうだったよな、あはは・・・暑さにやられてるかも」
ボクは笑って今度こそ自分のポジションに戻った。
ボクのポジションはMFだけどボランチ。守備的な位置。
ダラダラ走りながら、図書室で見たあの本の事を考えてた。
(あれは・・・何だったんだろう?)
「高柳!!チェックだ!!」
顧問の声が聞こえて慌ててチェックに入る。
(いや、今は紅白戦の最中だし余計な事を考えてるとケガするよな)
頭を振って、掛け声をかける。
でも・・・
『心臓疾患』、『突然死』、『遺伝性』、
あのページに書いていた言葉はどういう意味だ?
何でルウコは何度も何度もあのページを見ていたんだろう?
ルウコがその『心臓疾患』の病気を持っているのか?
「まさか・・・」
ボクが声に出して言うと、
「え?何か言いました?」
ボクがチェックに入っている後輩が不思議そうに聞いてきた。
部活が終わって部室で着替えてると、幹太がそばに来た。
「何?」
ボクが聞くと幹太は心配そうにボクを見ている。
「ソウ、お前、今日何かあったのか?」
「え?」
「ずーっとボサーっとしてたし、1年に抜かれるなんて今まで練習でもないだろ?」
「いや、たまたまじゃない?アイツ上手くなったよな」
ボクは笑って、ボクのチェックをあっさりかわした1年を褒めた。
「マジっすか?」その1年の嬉しそうな声が聞こえた。
幹太もボクも1年の方を向いて「ま、まだまだだけどな」と笑い返す。
「ルウコちゃんと何かあった?」
幹太は再び心配な表情でボクを見た。
「何か?・・・そうだな・・・」
ボクは幹太にギューっと抱きついた。
ボクの行動に幹太も周りもビックリしてる。
「こんな出来事がありました」
ボクが笑っていうと、幹太は「え?」と驚いてる。
「ソウ先輩いいっすよねー、あの柏木さんが彼女で。しかもギューでしょ?」
1年の声に「うらやましいだろ」とニヤっと返す。
それでも幹太はボクを真剣な目でジっと見ていた。
ソウちゃんへ
3日も学校休んで心配したでしょ?ごめんなさい。
ちょっと夏バテだったのかも?
でも、もう大丈夫だよ。
あたしの家に門限なんてないよ(笑)
常識の範囲内で帰るって事くらいかな?
だから心配しないでね。自分で好きで待ってるんだから。
ソウちゃんが部活やってる姿、好きなんだ。
一生懸命ボール追っかけてる姿見てると「頑張れ」って叫びたくなる。
でも・・・ソウちゃんってあんまりシュート打たないんだね。
守備ばっかりしてる感じがする。
好きな選手がみんながんがんシュート決めちゃうから、そういうポジションだと思った。
ゴールを決めたソウちゃんが見たいなー・・・。
あ、練習では見てるけど。
本番で見たいって事だよ。
ソウちゃんに選んだ便箋、ソウちゃんのイメージそのままでステキだね。
キレイな快晴みたいな青。
あたしにとって、ソウちゃんはそんな存在。
ソウちゃんがそばで笑ってるだけで元気になっちゃう。そんな存在。
ソウちゃんの手紙に自分にペースを合わせなくてもいいから、って書いてあったけど、違うよ。あたしが好きで部活見てたりしてるの。
1分、1秒でも長くソウちゃんといたいから・・・
毎日時間が経つのが早くてイヤになっちゃう。
1日24時間じゃ足りない。もっと、ずっとソウちゃんといたい。
ソウちゃんのそばで笑っていたい。
だから、この3日のお休みはすごく辛い。
だって、電話じゃ話せるけどソウちゃんはここにはいないんだもん。
早く学校に行きたいな。行ったらソウちゃんに抱きついちゃうかも(笑)
ねぇ、ソウちゃん。
あたし達ってまだデートしてないよね?
ソウちゃんが部活休みの時の休日にデートしない?
早起きして暗くなるまでずーっと一緒にいたい。
ドコに行こうかな?
考えようね。
すごく楽しみ、考えてる時間もきっと楽しいよ。
後ね、あたしが見てる本なんだけど・・・
ごめんね、まだ言えないよ。
ソウちゃんと過ごす時間があたしの全てで現実だから、あの本はあたしを奈落に落とすから・・・。
ちょっと大げさだったかな?
いつか、必ず教えるから。それまで待ってて?
明日はようやく学校に行ける!
ソウちゃんに会える。
早く、明日になってほしい。
ルウコより
下駄箱に入っていた手紙をボクは屋上で読んでいる。
手紙が入っていたら、HRには出ないでまず手紙を読む、何となく習慣になっている。
手紙を読みながら、嬉しくて微笑んでしまう半面、あの本はやはり秘密であるんだな、という複雑な気分になる。
勝手に見てしまったボクが悪いから聞くことも出来ない。
「…聞けねーよな」
手紙を封筒にしまって、カバンに突っ込んだ。
本人が病気なのか?それとも身内?
でも、本に書いていた症状に『貧血などの発作』と書いてあった。
やっぱりルウコなのか?
ボクはため息をついてフェンスに寄りかかった。
「ソウちゃん」
声が聞こえてドキリとする。振り返るとルウコが笑顔で立っていた。
「もー、せっかく回復したのに教室に来ないんだもん」
ちょっとむくれた顔で近付いてきた。
「あー、手紙読んでて…」
ボクがちょっと笑って言うと、ルウコはギューっと抱きついてきた。
ボクも強く抱きしめ返す。
「何か、ちょっと会えなかっただけで寂しかった」
「身体…大丈夫なのか?」
ボクが聞くと、「もう平気」とうなずく。
「本当に?」
もう一度聞くボクをルウコは見上げた。
「ソウちゃんって心配性?」
クスクスと笑うルウコの頭を優しく撫でた。
「そうかもな」
ボクが少し笑うとルウコも笑顔になった。
「ねぇ」
ルウコはボクを見上げたまま言った。
「ん?」
「こんな近くでソウちゃんの顔、初めて見た」
ボクは吹き出してしまった。
「何よ、何で笑うの?」
「いや、オレも初めて見たから」
「だから、何で笑うの?あたしの顔、変?」
「違うよ」
ボクは笑いながら考えていた。
あの本の事は、しばらくは忘れよう。
だってルウコはいつものルウコだし、今、この瞬間が幸せだから。
「なぁ、キスしてもいい?」
ボクが聞くとルウコは真っ赤になった。
「え!?ヤダ、心の準備出来てないよ!」
「えー?この体勢で心の準備とか言う?」
まだ何か言おうとしているルウコにボクは口がちょっと当たるくらいな軽いキスをした。
「まだいいって言ってなかった!」
真っ赤になって怒るルウコをギュッと抱きしめてボクは笑った。
あの本は…あの事は忘れる。そう思いながら。