とりあえず、今日だけは入院する事になったとルウコの母親が言った。

ボクが頭を下げて帰ろうとすると「送っていくわ」と車のキーを見せた。




車の中でルミがはしゃいで喋っていた。


「ソウちゃんはお姉ちゃんの彼氏でしょ?」


「え?・・・あ、まぁ・・・」


ボクが曖昧に答えるとちょっと大人びた言い方をする。


「知ってるのよ。お姉ちゃんが自慢してたもん。指輪もお揃いよね」


ボクは自分の左手を見た。それからルミに答える。


「うん。指輪お揃いだよ。オレもお姉ちゃんは自慢の彼女だよ」


「そうなの?将来はルミのお兄ちゃんになるかもね」


ルミの言葉に苦笑いをした。


「ルミ、ソウちゃん疲れてるのよ。静かにしなさい」


運転をしながらルウコの母親が言った。

ルウコの親に「ソウちゃん」と呼ばれると変な感じがする。


「ソウちゃん・・・」


「え?」


ルウコの母親がボクに話しかけてきたのを聞いてビックリした。


「ごめんなさいね。ルウコがいつも『ソウちゃん』って呼ぶからうちの中ではあなたってすっかり『ソウちゃん』なのよ」


照れ笑いしながら言った。



「あ、ボクは別にいいですけど」


「そう?じゃぁ、ソウちゃんって呼ばせてもらおうかな?慣れちゃってるし」




しばらく間があった。


もうすっかり夜になっていて、気がつくと後部座席でルミはウトウトしていた。



「・・・これからもルウコは発作でソウちゃんの前で今日みたいに倒れるかもしれない。もっと悪く言えば、そのまま・・・。考えたくないけど、その可能性もあるわね。それでもソウちゃんは平気?」


「平気って、どういう意味ですか?」


「イヤでもルウコの死に目に遭ってしまうかもしれない。そういう意味よ」


ボクは自分の手元を見ていた。ルウコとお揃いの指輪がある。

『あなたは私の生きる意味です』。

そう彫ってある指輪。



「何で、そんなに後ろ向きなんですか?」


ボクが言うと「え?」という言葉が返ってきた。


「治らないのはわかっています。聞いてます。・・・でも、それがいつ来るかわからないじゃないですか。それなのに何で、もうあきらめるんですか?」


「でもね、ルウコはいずれ・・・」


「その「いずれ」はまだいつか決まってない。ボクは・・・オレはそれがずーっと先の事だって信じてる。ルウコだって同じです。それなのに、親が諦めてどうするんですか。支えてあげなきゃいけないのはアンタら親だろう?」


「ソウちゃん・・・」


「ルウコの未来を勝手に決めて諦めんなよ、アンタら何のためにいるんだよ」


ボクは初対面の『彼女の親』に怒りを感じた。


何で諦めるんだよ、死ぬのを待ってるみたいじゃねーかよ。


ボクは、そんなの絶対認めない。


車がゆっくり左側に停まった。


ボクは運転席のルウコの母親を睨み付けていた。


ルウコの母親は「ごめんなさいね」と言ったかと思うと、涙をボロボロ流し始めた。

しばらく嗚咽をもらさないように口元を押さえて泣いている母親を黙って見ていた。



「本当にごめんなさいね、ソウちゃん・・・」


少し落ち着いてルウコの母親が呟いた。


「ルウコにもね、ちょっと前に言われたの。『あたしの未来はまだずーっと先まである』って・・・、あなたとお付き合いを始めてからルウコ変わったわ。強くなった。恥ずかしいわね、親が諦めてて・・・言葉が悪いけど他人のあなたが諦めてないって、希望を持っているのに・・・親として恥ずかしいわ」


「いえ・・・ボクも失礼な言い方をしてすいません」


ボクが頭を下げると「いいのよ」と言われた。



「ソウちゃん」


「はい」


「ルウコの事、よろしくお願いします」


今度はルウコの母親が頭を下げた。


ボクの頭の中では色んな事が浮かんでは消えを繰り返してたけど、


「わかりました」


と頷いた。



そうしたら、ルウコの母親はルウコとそっくりな笑顔でボクに笑いかけてきた。

『You are the meaning that I live for』



『あなたは私の生きる意味です』





ボクとルウコの夢。




ボク達の未来がどこまでかはわからないけど、長く続く事。



2人で生きていく事。



まだ17歳で全然ガキのボク達だけど、諦めてはいない。




ボクの夢、願い。



ボクの隣でルウコがずーっと笑っている事。


********


ボクとルウコの始まりは下駄箱の「手紙」。



まさかそこから恋が始まるなんて思わなかったし、ルウコが病気だって知るとは思わなかった。



全ての始まりは「手紙」



今、ボク達の間には膨大な量の手紙の山がある。



楽しかった時の手紙。

ケンカした時の手紙。

別れようかと悩んだ手紙。




手紙で始まったボクらの終わりもきっと手紙なんだろうな。



『さよならの手紙』



それを書くのは果たしてどっちが先なんだろう・・・?



*******

柏木 流湖 様



柏木流湖に手紙を書くのは今日で最後です。


今まで何通、柏木流湖に手紙を書いたんだろう?


多分、100通は超えていると思います。


でも、便箋がなくなっても必ずルウコが買ってくるのは青い便箋。


今まで色んな青い便箋に書いたなー。


でも、やっぱり一番初めに書いたルーズリーフがボクの記憶に一番濃く残っています。


あの時は手紙なんて書いた事がないから、ヤベーって焦ったし、何書いていいかもさっぱりわからなかった。


それに、あの「柏木流湖」に手紙を書くなんて、と思っていたから(笑)


まぁ、不思議なもんで人間には「慣れ」という機能が備わっているみたいだから、ボクも手紙を書くことにすっかり慣れてしまいました。


昔はペンが進むのが遅かったのに、今はサラサラという表現がピッタリなペースで書いています。


ルウコが昔、「手紙が好きなの」と言っていた気持ちが今わかります。


ボクも手紙が好きになりました。


メールの時代、携帯もパソコンの様に進化していく中、文字離れしている現代にこの古風な「手紙」というものがあってよかったと思います。


『You are the meaning that I live for』


まだ17歳だったボクが送ったこの言葉をルウコはまだ覚えているだろうか?


ボクは覚えています。


ルウコに指輪を送ろうと思った時、大体指輪の後ろって文字が刻めるって姉貴から聞いていて、辞書を引っ張って考えた言葉だから。


あの頃とボクの気持ちは何も変わっていません。


ルウコ、キミと生きてく。


そして、ルウコはボクの生きている意味だから。













今日で柏木流湖とはお別れです。


明日からは「高柳流湖」が始まります。



ボク達の道はまだまだ続いているから。





高柳 蒼より

「まさかこんなに早く結婚するなんて思わなかったな」


スーツ姿の幹太が『新郎控え室』にいるボクに向かって言った。


「まぁ・・・デキ婚だからな」


タバコに火をつけてボクは言った。

ルウコの目の前では吸えない。「タバコはベランダよ!」そう言われるし。


「オレらまだ22だぞ?よく決めたよな」


幹太は浪人したからまだ大学生。

ミサともまだ付き合っている。そのミサは明日香と2人でルウコのウエディングドレス姿を見に行っている。


「別に年齢なんて関係ねーよ。子供が出来た、それはオレもルウコも望んでいたからな。子作りしてたワケじゃねーけどさ」


「ルウコちゃんの体調はどうなんだ?妊娠して大丈夫なのか?」


「うん・・・、前みたいにキツイ薬は飲めないから貧血の発作はたまにあるけど大丈夫だよ。医者も特に問題はないって言ってたからな」


ボクがタバコをもみ消すと、ドアが開いて「準備お願いします」と声をかけられた。


「あ」と幹太が言った。


「え?」


「結婚おめでとう!」


ボクと幹太は腕をガシっと絡ませた。

22歳。


ボクは進路を大学に行こうか悩んだけど、親父の美容室の跡継ぎとして美容師の専門学校に進んだ。

親の後を継ぐ。これはちゃんと考えてるけど、普通のサラリーマンだったら、いつルウコが倒れるかわからないから無理だと判断したのもある。

それにボクにはサラリーマンはあんまり向いていないと思うし。

自分の家の店にいるなら結構何があっても対応出来る、そう思った。



ルウコは4年生の大学に進んだけど、今回の妊娠で退学する事になった。

「休学して復帰してもいいんじゃないか?」

ボクの親もルウコの親もそう言ったけど、ルウコは「子供との生活が大事」と言って退学届をさっさと出してしまった。



ボクの安月給で食って行くことは出来てもルウコの病院代までは回らないから結局は親の援助が必要だ。

早く一人前にならないといけないと思う。



「ソウちゃん」


歩いていると声を掛けられ振り向くと、高校生時代のルウコにそっくりなルミが立っていた。ルミももう高1だ。

ルミももしかすると「あの柏木さん」なのかもな。


「どうした?」


ボクが聞くと、急に笑い出した。


「だって、お姉ちゃんのヘアメイク、ソウちゃんパパがしてるんだもん。新郎のお父さんなのにおかしいよね」



今日のヘアメイクは親父が自ら張り切って「やる」と言い張った。

ルウコは「ソウちゃんパパいいの?」と大喜びだったけど。



「おかしな感じになってない?」


ボクが聞くとルミは首を振った。


「それがお姉ちゃん、すっごくキレイになってるの。ソウちゃんパパすごいよねー。あ、ルミの時はソウちゃんやってよね」


「そうだな」


ボクも笑って答えた。


さよならLetter

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