玄関で上靴を履いていると、
広い校内に1限のチャイムが鳴り響いた。
 
多くの生徒が自宅でだらだら過ごしている夏休みの朝。
人の少ない校内で鐘の音はいつもより大きく聞こえる。
 
 
「あーあ。始まっちゃった」
 
 
全然残念じゃなさそうに陸がぼやいた。
 
 
「確実に怒られるな、行こ」
 
 
早足になる陸の背中を追いかける。

夏になってから、毎日遅刻している私たちだけれど、
それにだってそれなりの理由がある。
 
 
去年までのんびり優雅に過ごしていた夏休み。
それが「今年は受験!夏休みも講習です!」だなんて、心も体も付いていかない。
 
寝坊するのも、つい寄り道をしてしまうのも、仕方がないと思う。
 
まぁ、夏休み中に学校に来るという選択をしたのは私自身な訳だから、これは完全に言い訳だけど。
 
夏休みに講習を受けるのは、来年大学を受験する進学組の生徒だけ。
 
 
私たちの高校には、近隣の町や村からも生徒がやってくるから、1学年に3クラスもある。
 
 
つまり、この地域に高校はここしかない、ということなんだけど。
 
 
その3クラス中、大学進学を希望しているのは、たったの14人。
 
 
大学へ行かない生徒の中には、隣市の零細企業に就職したり、近隣の専門学校へ進む子もいるけど、こんな小さな町なので、家業を継ぐ生徒が半数を占める。
 
 
商店街にある私の家は電器屋で、お向かいの本屋は陸の家だ。
けれど私たちは2人とも家業を継ぐ気なんか更々ない。
 
小さな電器屋や本屋は、潰れることはあっても、明るい未来が待っているとは思えない。
 
 
地元に残れば、同級生の誰かと結婚して、家業を手伝うという変わり映えのしない毎日を送ることになるだろう。
 
地元に残った大抵の人たちはその道を歩んでいる。
 
 
私はそんなありきたりの未来は絶対に嫌だ。
 
 
大学に進学することを希望しているのは、学年で5番以内に入っている優秀な生徒や、「都会に出たい!」、「憧れのキャンパスライフを!」という不純な動機の生徒の二つに分けられる。


私は明らかに後者だった。


進学を希望しているくせに毎日遅刻なんて、本当にやる気がないよなぁ、と自分のことなのに呆れてしまう。