恵美を見ると、目線をそらしてとぼけた顔をしている。
私は、不自然に見えないように「うん」と言ってから、
「体育が持久走だったからおなかすいちゃって」
と肩をすくめた。
「そう、でもなるべく一緒にご飯食べたいな」
「ごめんね、気をつけまーす」
母は恵美からお弁当を受け取ると、
「じゃ、行ってくるね」
とあわただしく出て行った。
両親は学校の教師だ。父は隣の市の公立中学校で、母は同じ市の公立高校。2人とも朝は早く、夕食くらいしか顔を合わせない。特に母は、高校3年生を担当していて受験シーズンの今は大変そうだ。
ご飯をおかわりまでして食べた私は、いつもより遅い時間に家を出た。
小走りで商店街を抜け、駅へと急ぐ。
改札を抜けるころには遅れを取り戻し、息を整えながらホームへと続く階段をあがってゆく。
涼子に会ったら、昨日、小浜と会ったことを言ってみようか。
涼子の話し振りからしてケンカでもしていただろうから、その理由を聞いてみたい。
いやそれよりも、アオイのFMを聴けなかったことのほうが悔やまれる。昨日の「恋愛相談」の内容を教えてもらわなくては。
ホームのいつもの場所には、まだ涼子の姿はなかった。
たいてい涼子の方が早く来ているのに、今日は遅れているのだろうか。
朝日を浴びながら、ホームの時計と階段付近を交互に眺める。似たような制服を見るたびに「あ」と思うが、どれも違う人だった。
電車の到着を告げるアナウンスが流れるころには、私は、
「きっと今日から期末テストだから早く行ったのだろう」
と理解することにした。
電車の扉が開き定位置についた私は、一応交換している携帯のメルアドにメールをしておいた。
『おはようございます。テストがんばってくださいね』
教室のドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、いつもとは様子の違う菜穂だった。日ごろは教科書やテキストが開かれているはずの机の上には何も載っておらず、当の菜穂自身も椅子ではなく、教壇側の窓から外を眺めていた。
「おはよー」
そう言う私に、菜穂はなぜかあわてた様子で振り返り、
「今日ってさ、何曜日?」
と尋ねてきた。
「へ?今日は木曜日っしょ」
菜穂の方へ行きながら答えると、
「そうだよねぇ」
と、首をかしげている。
「どうかした?」
菜穂が見ていたであろう方を覗き込むように見るが、特に変わったところはないように見えた。
菜穂は自分の机に戻りながら、
「ううん、今日って全校集会だったかなぁって思っただけ。それより、カナ大丈夫なの?ちゃんと眠れた?」
と逆に尋ねてきた。
「私は大丈夫だって。昨日なんて寝すぎってくらい寝ちゃったよ」
「・・・ほんとに?」
「うん。だから井上先生はあこがれなんだって。思ったんだけどさ、別に見返りを求めたわけじゃないから、これからもあこがれてればいいんだよね。それだけのこと」
そう言った私に、菜穂は、
「そっか、よかったー」
と自分のことのように安心したような顔をしている。
他のクラスメイトが登校してきて、そろそろチャイムが鳴る頃になっても優斗は教室にこなかった。後ろの席の子と話をしながら菜穂の方を見るが、菜穂は教科書を熱心に眺めていた。
井上が教壇に現れても、優斗はまだ来なかった。
「先生おめでとう!」
あいかわらず冷やかしている生徒の声に、井上は昨日と同じように照れていた。
一瞬息が苦しくなる感覚におちいったが、すぐに回復し、私は優斗の空いた席を眺めた。
結局、その日優斗は学校に来なかった。
第2章
波のように おしよせる
【1】
FM dream
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『FMdreamがお送りする「アオイソラ」、今日も渋谷から生放送です。
さて、お悩み相談コーナーには今日もたくさんのメール、ありがと。
最近は遅くまで受験勉強の追い込みをしている学生さんも多いみたいで、相談内容が学生特有の空気、ってかんじでなつかしいんだよね。
今日ご紹介するのも、そんな学生のペンネーム「ポチ助」くん。
「アオイさん、いつも楽しく聴いています。僕は中学3年生の男子です。僕には付き合って3ヶ月の彼女がいます。春になったら別々の高校へ進むことで、正直不安でたまりません。彼女は、あまりそういうことに不安がっていないので、なんだか自分ばっかりが好きなような気になってしまいます。こんな僕に一言おねがいします」
はははは。あるあるっ、こういうの。
この年頃ってさ、なんか女の子の方が考え方が大人なんだよねぇ。
彼女も同じように不安だよ、きっと。でも、口にしても仕方ないじゃん。それってよけに不安になるし、不安は猜疑心・・・そう疑う心を生むからね。
堂々とするのって難しいかもしれないけど、こういうときこそ、どーんと構えたほうが彼女も頼りにしてくれるよ。
好き、って気持ちはさ、誰かと比べられるもんじゃないし、ましてや過去や未来の自分とも比べられないんだよね。今好きな気持ちを大切にね。
さて、そんな「ポチ助」くんに贈るのは、来年1月15日発売の私の新曲です。
アオイで「手のひらからこぼれおちる」です』
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「手のひらからこぼれおちる」
【作詞・作曲 AOI】
永遠なんて たぶんない
はじまってしまえば
終わりを待つだけ
あの夏 あの海で
両手ですくった砂は
まばたきしている間に
こぼれおちて
あとには もう
なにも残らなかった
たしかにあった あの夏を
すこし焼けた肌と
すこし傷む胸が
覚えていても
それでも あなたを愛してよかった
いつかは 消えるとしても
今は ただこの瞬間を
愛しく思う
あなたを愛せてよかった
今 となりにいることを
大切にしたい