岩崎の奏でるメロディは、なんと言う曲かは知らないが幸せそうなものだった。音楽はその人の内面を打ち出すものなのだろうか。

 もし、私がピアノを弾けたなら、どんな曲になるのだろう。

「・・・よし、っと」

 岩崎のつぶやく声で我に返る。いつの間にか演奏は終わっていたようだった。

「あ、おじゃましてすみません」

 ほうきを持ったまま、ぺこりと頭を下げた。

「いいのよ、私こそ休憩中なのに掃除してもらってごめんね」

「いえ、もうお昼食べたし大丈夫です」

 にこにこと岩崎は笑って、楽譜をめくりはじめた。

「先生、結婚決まってからうれしそうですね」

 思わず声をかけてしまっていた。それくらい、岩崎が午後の光のさしこむ教室の端で美しく見えたからだった。
 岩崎は少し驚いたふうだったが、すぐに笑顔に戻って私を手招きした。

 ほうきを床に置いて、ピアノのそばに行く。

「私ね、自分が幸せになれるって思ってなかったのよ」