お通夜はかれこれ一時間ほど前に滞りなく終わった。
葬儀ホールは静かで冷たい空気に包まれている。綺麗に並べられたパイプ椅子には誰一人座っておらず、私は一番前、お通夜には家族が座っていた椅子に腰掛けた。
悲しみを通り越した怒りと哀れみと、虚しさを抱きながらお通夜を過ごした。本音を言えば棺桶を蹴っ飛ばして帰りたかったけれど、生憎私はそれなりの常識人だ。ちゃんと喪服に身を包み、黒のローヒールを履いている。
そんな気持ちだったのにもかかわらず、今もここに留まっているのは、意地だろう。
お通夜が終わった後、親族と親しくしていた人が二階に集められた。二十畳くらいの和室に長机が並べられていて、高級そうなお寿司が並ぶ。寿司をつまみ、ビールを飲みながら故人の昔話をするのがこの席での過ごし方らしい。よく知らないけれどそんなイメージだ。誰が考えたのか、どういう意味があるのかは知らない。
そんなときに笑ってビールを飲める人はそうそういないと思う。
八十や九十まで生きたお年寄りが亡くなったのならばまだ、『長寿を全うしたな』と思い出話に花も咲かせることができるかもしれないけれど、今日の故人はまだギリギリ二十代だ。
案の定、先ほどまで参加していた寿司を囲む会はみな口数が少なかった。もしかすると私がいたからかもしれないけれど、それならば私が今日参列した意味もあったというものだ。
ざまあみろ。
ぐびぐびと無言でビールを飲んで一時間ほど過ごした。誰かと言葉を交わすことなく、ただひたすら瓶ビールを空にすることに専念した。多分三本くらいは飲み干しただろう。
なのに頭の中はクリアなまま。泥酔でも出来れば棺桶を蹴っ飛ばすことができたかもしれないっていうのに。
図太く通夜の席に居座る私は、他の参列者からどう見えただろう。哀れで惨めな女か、邪魔な女か、もしくは滑稽な女か。
「あれだけ言っておいて、結局、溺れて死ななかったね」
苦笑混じりにそう呟いて、ポケットの中から彼のZIPPOを取り出してカチン、と音を立てた。不思議なことに、彼のように綺麗な音は鳴らなかった。なんかコツがあるんだろうか。役に立たないどうでもいいことだけれど、死んでしまうなら聞いておけばよかった。話のネタにはなっただろうに。
すうっと煙を吸い込んで、彼の写真に向かって体を一周した毒を吐き出す。それはほんの少し、線香の煙に似ていた。
けれど、康也には線香の煙よりも煙草の方がお似合いだ。生憎、今、私が咥えているのはショートホープではなくセブンスターだけれど。せっかくだから線香の代わりに煙草を立ててやろうか。