「那智……手、大丈夫?」
タバコを取り出す左手を見て、思わずたずねた。
いったいどれだけ相手を殴ったのか、傷だらけになった拳。
「あぁ」
那智はそっけなく答え、タバコをくわえた。
……本当はあたし、気づいているんだ。
那智が人を殴るのは、ほとんど左手だということ。
まるで怒りの矛先が、相手ではなく自分の左手であるかのように。
左手は、那智の利き手。
かつては筆を自由に操り、美しい世界を描き出した手。
あたしには、わざと彼が左手を痛めつけているように見えてならない。
そんなこと言えるわけもないけれど……。
タバコが半分ほど灰になったとき
玄関の方で、扉が開く音がした。
那智の顔色がかすかに変わる。
足音は玄関から廊下を移動し、隣の部屋に入った。