「やっべえ! めちゃイケ見逃す! バイナラー、補欠。また明日な」

翠は恋愛ドラマとかよりも、お笑い番組とかバラエティー番組が好きならしい。

アスファルトの上に無造作に投げ捨てられていた鞄を、翠は拾い上げた。

「補欠、気を付けて帰れよ」

「おお、じゃあ帰る。また明日な」

「おーう。後で翠様が愛のメール送ってやるからな」

無視したらぶっ殺す、そう叫びながら翠は吸い込まれるように自宅へ入って行った。

おれとさえちゃんを、住宅街の片隅に置き去りにして。

「それじゃ、失礼します」

おやすみなさい、と頭を下げ、自転車のストッパーを左足でガシャンと外すと、さえちゃんがおれを呼び止めた。

「こら、補欠」

「はい」

「あんた、もしかして左利き?」

「そっす」

おれが即答すると、さえちゃんが目の前まで寄って来て、とてもやわらかい物腰で言った。

「補欠、翠のこと、よろしく頼むね」

「え……もちろんっすよ」

語尾がぐにゃぐにゃと乱れてしまったのには、おれなりの理由があった。

おれを呼び止めたさえちゃんの笑顔は、どこかひどく寂しさを隠し持っているような気がしたからだ。

人の気を引くひどく悲しげな瞳を、さえちゃんはしていた。

「翠は明る過ぎて嫌になるかもしれないけどさ、見捨てないでやってよ」

「や、そこが好きなんすよ」

照れ隠しにハハッと笑うと、さえちゃんは額に手を当てて遠い目で夜空を見上げた。

夜空を明るく彩る無数の星の海に、さえちゃんがスーッと溶けて消えてしまうんじゃないか、と心配になった。

それくらい、澄みきったきれいな星空が広がっていた。

「翠は私に似てデリカシーの欠片もないけどさ……いい子だよ。それは保証するからさ」

翠はうちの朝日みたいなもんなのよ、とさえちゃんは嬉しそうに言った。

「なら、翠はおれにとって太陽みたいなもんですね」

「ありがとね、補欠」

直後、おれの知らない翠のことを手短に要点をさっとまとめて、さえちゃんは話してくれたのだった。