月明かりに浮き彫りにされたおれの自転車のかごの中で、黒いスポーツバッグがエナメルに光っていた。

「あかね、そうたとお家に入ってなさい」

と翠のお姉さんらしき人が言うと、あかねちゃんはそうたくんの手を引いて駆け足で家に入って行った。

新築のような、白い外壁の一戸建ての家に。

「お母さん、こいつが噂の補欠エースだよ! 夏井響也」

翠の一言に驚いて、おれは瞬時にTシャツの女性を見上げた。

「え……お母さん? 嘘だろ?」

「おお! お前かあ、補欠って! いやあ、そっかそっか」

うんうん、と頷き、翠のお母さんは呆気にとられっぱなしの俺の肩をバシバシ叩いた。

翠は嘘を言ってるんだ、とおれは思った。

どの角度から見ても、母親には見えなかった。

二十歳前後の若い女にしか見えない。

翠のお母さんは、翠を16歳の時に産み育てたのだ、と翠が教えてくれた。

高校は中退だということも。

自己紹介を兼ねて少し会話を重ねただけなのに、おれは何となく分かった。

翠が明るく天真爛漫で、いつも元気な理由を。

「私、冴子(さえこ)って名前だからさ。さえちゃん、て呼びな。補欠」

と屈託のない笑顔で言ってのける、この母親譲りなのだろう。

翠の、この底無し沼の明るさは。

「さえちゃんって……ぷっ」

おれがクスクス笑うと、さえちゃんはげらげらと体を反らせて笑った。

「お母さん! あたしさ、今日から補欠の女になったわけよ。ハッピー、ラッキー」

と翠が笑いながらおれに飛び付くと、さえちゃんまで現役女子高生のように無邪気に笑った。

こうして見ると、見れば見るほど、本当は姉妹なんじゃないかと思ってしまう。

「まじかいな! でかしたなあ、さすが私の娘だ」

「だろ! まあ、補欠があたしの美しさに惚れちゃっただけなんだけどさあ」

「ああん、そりゃしょうがないわな。翠はこの私が世に送り出した女だからな」

2人の親子の会話に、思わず吹き出して笑った。

その時、突然、翠は何かを思い出したようで、あっと大きな声を出した。