「ああ。本当にな」

おれは言い、ややあってから小さく笑った。

でも、と胸の内でおれは思った。

確かに、翠は美しい、と。

机の上には5時限目の教科書ではなくて、参考書でもなく、真新しいベースボールマガジンが置かれている。

表紙を捲ろうとしておれがそれに触れた時、突然、健吾がひょんな事を言い、訊いた。

「翠って、すっげえ遊んでるって噂あるよな。知ってる? 本当なのかな?」

「へえ……そうなの? 知らねえや」

とおれは答えた。

まるで気の抜けた炭酸ジュースのような、すかすかな間抜けな声で。

翠が遊び人だなんて本当に知らなかったし、そもそもそんな証拠なんて無いのだ。

そして、何よりも翠の色情と恋愛なんて、本当に興味すらなかった。

今、おれの頭の中は野球でいっぱいだ。

笑いもせず驚きもせず食い付きの悪いおれに、少々驚いた表情をして健吾は言った。

「知らないって……でも、響也と翠って仲良いじゃん」

「はあ? おれと翠が? やめてくれよ」

おれは間の抜けた声で言い、後頭部を掻いた。

自慢の坊主頭を手のひらで豪快に、わしゃわしゃと。

「だって、お前らよくじゃれ合ってんじゃん。実は仲良いんだろ?」

そう言って、健吾はにたにたしながらおれの脇腹を肘で突いた。

おれは鼻先で笑いながら、椅子に腰を下ろした。

「違うって。そんなんじゃねえよ。席が前後だから話す程度。おれがおちょくられてるだけだ」

「何だ。響也、翠のおもちゃにされてるのか」

「まあ……そんなとこ」

「何だ、それ」

おれと健吾はけらけらと笑いながら同時に後ろを振り返り、やっぱり今日も呆気にとられるのだった。

清潔な白いワイシャツに黒髪のおにぎり、がごろごろ居るこの教室で、翠のグループは夜の繁華街のような雰囲気を放っているからだ。

この眩しさを見るようになって、もう、半年なのにどうにも馴れない。

真っ昼間なのに目を細めてしまうほど、ぎらぎらしている。

目のやり場に、ほとほと困る。

例えば、古びた洋館に飾られている新品のシャンデリアのような女達だ。