「しょうがない? さっきはあれだけ泣いたくせに」

とおれが笑うと、翠は抱き付いたままおれの背中をぼかすかと手加減なしに殴った。

そのうちの何発かが背骨を直撃して、本当に痛かった。

「やめろ! やめろって! 背中に穴があく」

と笑い混じりに言うと、翠は殴るのをやめておれの胸元に小さな顔を埋めた。

「お。おとなしくなった」

「あたしさあ、今日まじで死んだし。本当にあの女から補欠とられちゃうかもって。それで、花菜ちんと別れてからずっとトイレに引きこもっててさ」

「翠?」

また、泣き出してしまったんだろうか。

翠のふてぶてしかった声が、ふるふる震え振動しながらおれの体に響いた。

とにかく翠がこれ以上小さくなってしまわないように、おれは夢中になって翠を抱き締めた。

抱き締めて、抱き締めて、翠の声にそっと耳を傾け続けた。

「教室に戻ってきたらもう誰も居なくてさあ」

「うん」

「んで、窓からグラウンド見たら補欠見つけて……あんたの席に座って見てたらたら、暗くなってた」

それで? 、とおれが訊くと、翠はゆっくりと顔を上げた。

やっぱり、翠は泣いていた。

「今日は特別な日だったから……会えるような気がして」

目を真っ赤に腫らして、でも、すべてを吸い込むような強い目を、翠はしていた。

「ずっと待ってたんだから、あたし。補欠が来たらいいのにって」

そしたら本当に来るんだもん、笑えるよね、と翠は笑い、また泣き出した。

「泣くなよ。翠が泣くと調子狂うじゃん」

「泣いてねえわい」

めそめそ泣きながら翠が言う事を聞いていたら、おれまで泣きたくなった。

死ぬほど、嬉しかった。

「あたし、毎日朝早く学校来て、補欠の席に座るのが日課だったんだから。入学してから毎日」

「何で?」

「黒魔術に決まってんじゃん」

翠はブルーグレイの瞳でおれを睨み付け、顔を真っ赤に染めた。

そして、涙に濡れた可愛い声でぼそぼそと恥ずかしそうに言った。

「てか、あの涼子って女よか、あたしの方がファン歴長いから」

おれは翠を抱き締めずにはいられなかった。