「あたし、もう絶対無理だと思った!」

「はっ?」

「あの年上女から補欠とられると思ったし! まじでイラつく! 絶対、渡さないんだから」

ギャアギャア、ビイビイ、泣きわめくだけ泣きわめき、翠はおれの学ランからワイシャツの裾を引っ張り出した。

それでビビビィーッと豪快に鼻をかむのだから、おれは泣きたくなった。

「うわーっ! 汚ったねえ! 誰のでかんでんだよ、誰ので! もう勘弁してよ……」

とおれは言い、両手で額を抱えた。

「何さ! ワイシャツの1枚2枚でケチケチすんなよ」

「や、そういう問題じゃないでしょうが。翠さん……」

「何が! あたしのこと、好きだって言ったじゃん! だったから、あたしの鼻水も好きに決まってる」

むちゃくちゃだ。

泣いてる時は可愛かったのに、あっという間にいつもの翠がおれの腕の中に居て、ぐちゃぐちゃに溶けた目で威嚇してくる。

でも、そんなのはどうでもよくて。

「もういいや」

おれは、翠を抱き締めた。

可愛くても、可愛くなくても、生意気だとしても。

どんな翠でも、おれは好きだ。

翠を抱き締めながら、彼女をますます好きになっている自分が少しだけ怖くなった。

翠が華奢だという事は分かっていた。

でも、想像していたよりも、もっと。

それ以上に翠は華奢で小さかった。

どんなに気が強かろうが、豪快で気難しかろうが、翠はおれの大切な女の子だった。

やっと、フランス人形に手が届いた。

甘い、アプリコットのような香りがするフランス人形に。

「翠、おれと付き合って」

そう言って、細い翠をぎゅうぎゅうに抱き締めると、翠も抱き締め返してきた。

「えーっ……まあ、この際、猿っぽい彼氏でもしょうがないか」

残念そうに言う翠の髪の毛が、おれの頬をこしょこしょとくすぐった。

「猿って……失礼な女だな」

「あは! あたし、猿好きだよ。ま、しょうがないから付き合ってやってもいいよ」