「あ……悪い。ごめん、翠」

言わんこっちゃない。

野球馬鹿という成分が凝縮された健吾の右腕が、狭い通路を通りかかった吉田翠(よしだみどり)の顔面に的中してしまったのだ。

けっこう強い当たり具合だったのだろう。

翠の鼻の頭が少し赤くなっていた。

鼻のてっぺんを人差指で擦りながら、翠は健吾を睨み付けた。

「ごめんで済んだら、警察要らないんだよ」

と言い、翠はその独特な濃ゆい目で、後退りする健吾の顔を威嚇した。

まるで狂暴な番犬のようだ。

今にも噛み付きそうな形相を、翠はしている。

眉間には3本の深い皺が寄っていた。

「ったくよ! これだから野球馬鹿は」

膨れっ面をしてぶつぶつ小言をたれながら、仲間の輪を目指して突き進んで行く彼女は、おれの天敵だ。

翠はこの学校でもクラスでも極めて騒がしいギャルグループの、リーダー的存在だ。

南高校は県内でも3本指に入る進学校で、校則が厳しい。

この学校じゃ滅多にお目にかかれない、天下無敵のギャルである。

美しい金色に黒いメッシュを入れた、でも、まるでフランス人形のような縦ロールの髪型。

団栗のような形のいい二重の目には、いつもバサバサに渇いたひじきが付着していて、パンダのように濃ゆい目をしている。

左耳には2、3個のシルバーピアスがじゃらじゃらと揺れていて、一際目を惹く。

校則に厳しい生活指導の先生から何度注意されようとも、決してめげる事は無く、知らないらしい。

いつも毅然としていて、正々堂々と校則違反をしている。

「うわあ……」

際どいそれを見て目のやり場に困り、おれは慌てて窓の外に視線を飛ばした。

今にも下着の見えそうな短いスカートの裾をひらひら揺らしながら、翠は颯爽と歩く。

健吾は化け物にでも遭遇したかのような顔をして、おれに耳打ちをした。

「聞いたか? この美しい顔、だってよ。お前はバービー人形かっての」

勘違いもいいとこだ、そう言って、健吾はククッと笑った。

「な、響也もそう思うだろ?」