「翠ちゃんから聞いたよ。あと、お兄ちゃんからもメール来た」

「何を?」

鍵探しに没頭している健吾と岸野をちらりと確認した後、花菜は続けた。

「涼子さんて人と、アドレス交換したんだってね」

「あ、ああ。した」

すっかり忘れていた問題だった。

おれは何だか妙に気まずくなり、じっと見つめてくる花菜の視線から逃げるように、目を游がせた。

できれば、その話題にこれ以上深く突っ込まれたくない。

それでも花菜は、おれの顔色をじろじろと覗き込んで来た。

相澤先輩と瓜二つの大きな目を、暗闇できらきら輝かせている。

「翠ちゃんは? いいの?」

「別に……たぶん、もう無理だし」

「無理って?」

「まあ、年上の女もいいかなって」

とおれは言った。

でも、それは真っ赤な嘘で、そんな事は全くこれっぽっちも思ってはいなかった。

本心なんかじゃなかった。

「本当に? それが響也の本当の気持ち?」

花菜が怪訝な面持ちで訊き、やや考えたふりをしておれは答えた。

「ああ。涼子さんからメールで告られた。考えてみようかと思って」

なんて言ってはみたものの、勘の鋭いマネージャーの花菜にはあっさりと見破られてしまった。

花菜はおれの自転車のかごに詰め込まれたスポーツバッグを、バシバシ乱暴に叩いた。

「嘘ばっかり! 嘘つき補欠エース」

「……何だよ。花菜まで翠に影響されたのか」

翠以外の人間に、補欠エースと呼ばれたのは初めてだった。

「別にー。ねえ、いい事、教えてあげようか?」

と花菜は言い、ふんわりと穏やかに微笑んだ。

「実は、先週の日曜日にね、練習の後、翠ちゃんと駅前で遊んだんだけどね」

「へえ」

でね、と花菜が何かを言いかけた時、おれは確かにその音を聞いた。

バンッ、と戸か何かが力任せに勢い良く閉まる音を。

「ひゃっ」

花菜は体をギクリと強張らせ、その音がした方に顔を向けた。

閉まったのは3階のあのカーテンがパタパタはためいていた、教室の窓だった。

でも、閉まった窓からは情けなくカーテンの端がはみ出していた。