理由もなく、ただ悔しかった。

おれはぐちゃぐちゃに乱れて行く心を必死に保ちながら、左手を握り締めた。

健吾は埴輪のような古風な顔付きをして、おれの隣で固まっている。

「はあ? 何だ、それ。意味が分かんねえ」

ケッ、と舌打ちをすると、結衣が走って来ておれの学ランに掴み掛かった。

学ランの胸元をギリリと掴み、結衣は下から睨み上げている。

「夏井、てめえ! 翠に怒鳴っただろ! 翠だって女なんだから」

「うるせえな。何するんだよ、離せ」

とおれは低い声で言い、結衣の小さな握りこぶしを包み込むように握って、睨み返した。

気のせいだろうか。

結衣と、横目に飛び込んで来た明里が涙ぐんでいた。

3人の友情はそれくらい熱いってことか。

「翠に謝れ!」

結衣の興奮は冷める事を知らず、上昇気流に乗り続けている。

「おれの気持ちも少しは理解してほしいくらいだ! いつもいつも、無理難題押し付けられて困ってんだ」

迷惑なんだよ! 、とおれは人目も憚らず叫んだ。

でも、それは真っ赤な嘘だ。

迷惑だなんて、本当は一度も思った事はない。

本当はこんな事を言いたいわけでもなかった。

おれが翠を想う気持ちも、少しは分かって欲しいだけだ。

好きな女から、好きでもない女と付き合えば? 、なんて言われておれはどん底なのだ。

「だから補欠止まりなんだよ、夏井は! 翠の気持ち、何も知らねえくせして」

そう言って、明里はそばにあった机の脚を思いっきり蹴っ飛ばした。

おれのむしゃくしゃした感情は行き場すら失われ、あげくには頂点に達していた。

冷静にはなれなかった。

「分かんねえよ! 翠の気持ちなんか。離せ、練習遅れるから」

おれは結衣の手をぶっきらぼうに振り払い、行くぞ、と健吾の学ランを引っ張りながら廊下を駆け抜けた。

惨めだった。

高校生って、まだ、子供区域なんだろうか。

大人とは言えないし、かと言って、おもちゃを買ってとせびる子供にすらなりきれなくて。