「……いきなりっすか」

そう呟いて、携帯電話をパタリと閉じた。

おれは返信もせずに、馬鹿みたいにキャベツを刻み続けた。

悪霊にでもとり憑かれたように、黙々とキャベツを千切りにし続けた。

「おお、何か響也キャベツ千切りにすんのうまいなあ」

キャベツ刻み職人にでもなれば、と健吾に言われて、それもいいな、なんておれは笑った。

足の爪先から頭のつむじまで支配しているのは、キャベツの青臭い匂いとフランス人形の後ろ姿の残像だった。









南高校の学校祭は秋の土日の2日間に渡り盛大に行われ、鮮やかに彩られる。

1日目が終了し、帰りのホームルームの途中で、おれは後ろがスカスカしている事に気づいた。

翠が居ない。

もう来るな、なんておれが言ったから本当に来ない気なのかもしれない。

翠はそういう女だ。

心配になって花菜にメールで訊いたが、浜崎あゆみの写真集を見た後、翠は教室に戻ったはずだ、と返信があった。

でも、居ないし鞄も無い。

「今日はご苦労さん。うちのクラス繁盛してたなあ」

明日もこの調子でな、と能天気な口調で連絡事項を告げている担任は、三十路半ばでまだ独身の男だ。

ボート部の顧問をしていて、筋肉質の体型にポロシャツが良く似合う。

でも、スーツが似合わない先生だ。

ホームルームが終わり、おれはスポーツバッグを肩に掛けて、雑談して笑っている結衣と明里に歩み寄った。

「なあ、翠は? どこ行ったか分かる?」

おれが訊くと、即答したのはあからさまに冷たい態度をとる結衣だった。

直前まで明里とげらげら笑っていたくせに、おれが話し掛けた途端に急にシラケて、つんとした態度をした。

「は? とっくの100年昔に帰ったし」

「あ、帰ったのか。そっか、ならいいや」

と言いながら、部活へ向かおうと健吾と一緒に教室を出た時、結衣が怒鳴り声を上げた。

「夏井ー!」

その声におれも健吾も同時に立ち止まり、おれの方が先に振り向いた。

「何だよ」

「てめえ! もう少し翠の気持ちも理解してやれよな」

結衣は言い、丸い目を釣り上げた。