驚いた顔をして、キャベツを刻んでいた包丁をだらりとぶら下げ唖然としているおれに、涼子さんが言った。

「モンチッチみたいで可愛い」

「えっ」

おれの唯一の自慢のポーカーフェイスが、ガラガラと音を立てて崩れて行くのが手に取るように分かった。

顔から高温の湯気がシューシュー出ているんじゃないかと、心配になった。

「モンチッチ! はいはい、確かに。響也は可愛いっすからね」

健吾はステンレス製のボウルをテーブルの上に乱暴に置き、両手をシンバルのように叩いて笑った。

その笑いの渦の中を掻い潜り、言ったのは若奈さんだった。

やけに真剣な面持ちをしていた。

「でね、夏井くんにお願いがあるの」

「はあ……何ですか」

「涼子と友達になって欲しいのよ」

ややあって、頭が真っ白状態のまま、おれは訊いた。

「おれ、ですか?」

「うん。これも何かの縁だと思ってさ。アドレス、交換してあげてくれないかな?」

そう言って、若奈さんは涼子さんから携帯電話を取り上げ、おれの胸元に突き出した。

白い薄型の携帯電話はストラップ1つ突いてなくて、シンプルで傷1つ発見できなかった。

きらきらしている。

パールホワイト色の携帯電話。

あの喧しい翠の携帯電話とは、日本とブラジルくらい違っていた。

翠も、涼子さんも。

同じ人間なのに、こんなにも違うのだから、私物が違うのも当たり前の事なんだろうけど。

翠は華奢なわりに背が高めで、涼子さんは女らしい体型で背が低い。

花で例えると、翠はデイジーのように元気で、涼子さんは撫子のようにしとやかだ。

翠は酔っ払いおやじのように、ガハガハと豪快に笑う。

涼子さんは祇園の舞妓のように、クスクスとはにかむように笑った。

「ね、夏井くん! 今、彼女居ないでしょ? お願いよ」

と若奈さんは言い、皮肉にも屈託のない笑顔を見せた。

「彼女は、居ませんけど」

でも、とおれは心底思った。

確かに、彼女は居ないし、涼子さんと友達になろうが、アドレスを交換しようが、何も問題はないだろう。

でも、おれには好きな女がいる。