いかに素晴らしい力で翠が包丁を降り下ろしたのかがはっきり分かる。

屋台が並ぶ校庭を楽しげに練り歩く生徒達も、しばしその足を止めておれ達を見ては笑った。

「響也、だめだ! 翠に刃物持たせたらだめだ」

とかなり真剣に大真面目な顔で言い、

「翠、お前は売り子やってろ。な」

とおれまで普通にあくせくとしてしまった。

水を打ったように静まり返っていたクラスメイト達が、一声に笑いだした。

今日も翠はフランス人形のような頭をして、下着が見えそうなほど短くスカートを履きこなしている。

「まあね。あたしに料理しろなんてこと事態が間違いなのさ! この美しい爪が泣いてるわ」

翠は不貞腐れて、用意されてあったパイプ椅子に腰を降ろした。

右手を空にかざしとても嬉しそうに微笑む翠は、本当にフランス人形のようだった。

激しく、どきどきした。

すらりと伸びた彼女の細い腕は初雪のように白く、青空に良く映えた。

パステルカラーの絵画のようだ。

「見て、補欠。この爪、可愛くない? 昨日の夜2時間も費やしたんだあ」

魔女のように長い翠の爪は白いエナメル質のような光沢を放ち、桃色の小花がちりばめられていた。

「へえ、翠ってこういうの得意なんだな。結構うまいじゃん」

とおれが誉めてやると、翠はとても可愛らしい笑顔を見せた。

この笑顔を独り占めにできたら、どんなにいいだろう。

小さな小さな宝石箱にでも詰め込んで、いつも胸ポケットに忍ばせて、誰にも見せたくない。

「あたし、ミラクル翠だから」

「へえ。そりゃ、素晴らしいっすね」

おれはクスクス笑って、照れ隠しにぶっきらぼうに言った。

いとおしい。

爪はこんなにも几帳面に飾り付けできるくせに、キャベツは乱切り。

おれはキャベツよりも、翠の横顔に釘付けになってばかりいた。

チャイムが鳴り響き、校舎と体育館の隙間を秋の風が通り抜けた。

「よう。夏井と岩渕はお好み焼き屋台か」

ミックスひとつ、と店先に現れたのは相澤先輩とその彼女だった。