おれはたまらなくなり、頭を抱えた。

「そんなの、補欠が走ればいいじゃん」

何であたしが走らなきゃいけないのよ、と翠は言った。

その時、しまった、と後悔に襲われたおれは、翠を抱き込んだまま土の上に座り込んだ。

打ったら走れ。

その指示を忘れていたのだ。

だって、それくらいなら分かっていると思っていたのだから。

その間に健吾はホームインしセーフになったものの、翠が走らずアウトになってしまったために、無得点に終わってしまった。

サヨナラのチャンスだったのに。

健吾の努力が水の泡だ。

「翠……お前、響也のとこに来てどうするんだよ……もったいないなあ」

息を乱しながら言い、健吾はおれと翠の横に力尽きたようにぺたりと座り込んだ。

額から汗を流している。

「うるさいな! ちったあ誉めろよ! あたし、打ったんだけど」

そう言って、翠はおれに抱きついた。

「うわ! 抱きつくなよ!」

「何よ! いいじゃん、減るもんじゃなし」

それを健吾は冷ややかな目で見つめた。

「誉める馬鹿がどこに居るんだよ! 結局アウトになっちまったじゃねえかよ」

と言い、ついに健吾も頭を抱えた。

とても、悔しそうに。

おれは笑った。

心底笑って、笑った。

確かにヒットを放ったくせに、一塁に走らなかった抜けたやつを誉め称えるバカなんて居ないだろう。

居るわけがない。

ましてや、頭にねじりはちまきをしているような女なんて、誉める気にもなれない。

でも、実際はそんなのはどうでもよくて。

「ちょっとー、補欠の代わりに打ってあげたのにさあ……あ!カルティエ買ってよね」

やはり、翠はとんでもない女だ。

うすうす、日々思ってはいたけれど、やっぱりとんでもない女だ。

野球部のおれや健吾でさえ打のに四苦八苦してしまう相澤先輩の球を、翠はヒットにしてしまったのだから。

しかも、初球から。

「誉めるかよ、バカ! カルティエなんか買わねえっつうの」

「えー! 嘘つき」

「嘘も何も、約束なんかしてねえよ」